昼下がりの怪物 ~ または考えるのをやめて、なぜ俺は即応大隊に居続けることになったか ~

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               1 「ふぅおっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。ノコノコ現れおったな、怪物(モンスター)め。やはり、(わし)の言っておった通りじゃったろ、千乗耳(せんじょうじ)君」  ……あのとき俺は怪物(モンスター)に出会った。1頭は陸から、もう1頭は海から。そして、もう1頭は……。 「おい、聞いておるのかね? (わし)の予測通りに、都心に現れたと言っておるのだ。まったく今日の君は、どうかしておるぞ。大体がだね……」 「お話し中、失礼します。内閣官房からです、司令」  伝令に助けられた俺は野戦用の衛星電話を取った。これで目の前のイカれ爺いの相手をしなくてすむ。だが、立派すぎるカイゼル髭を顔の中心に据えた丸眼鏡の顔は興味深そうに俺の話に聞き耳を立てている。  あぁ、嫌だ、嫌だ。イカれ爺いめ。この野戦指揮所から出て行ってくれんかなぁ……。  一の川博士。万能疑似科学研究所の所長。  この手の事件には必ず首を突っ込み、大失態を演じては、なぜか、そのつど、それらを上手く誤魔化してきた国家的規模の負の伝説である。  それにしてもだ。  時の政権にすり寄るのが巧みだからといっても、富士山を巨大な硬X線レーザーの砲身として活用し、遊星人からの地球侵略に備える“富士大砲(フジ・キャノン)”と称してカメラメーカーのようなスットコドッコイな名前を付けた兵器の試射に失敗して、大規模噴火と農作物への甚大な被害をもたらしたのは、ついこの間のことだ。  とにかく、このイカれ爺いは(あき)れかえるほど生命力が強いうえ、復活も早すぎるのだ。  キリキリキリーー!  アンギャ―スーー!  大空へ向かって咆哮する怪物(モンスター)に、大都会の機能はもはや完全に停止していた。 「はい。避難が完了次第。可及的速やかに対処いたします。なお、マスコミに対しては、ご命令通り、ヘリからの撮影をはじめ、あらゆる便宜を図っておりますので、情報公開制限のご心配には及びません。また、目標1に新たな動きがありましたら、ご報告を」 「ふぅおっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。怪物(モンスター)を退治する様子をライブ中継して内閣支持率を上げようなどとは、官房長官も食えん男だねぇ」  いやいや、あんたには及ばんよ、という言葉を呑みこんだ俺は当面の仕事に戻った。 「ところで、博士」俺は野戦指揮所に設置したテレビモニターを指差した。「あの怪物(モンスター)は、いったい何なんでしょうか?」 「あれは見たままじゃよ。体高60メートルを超えるJC(女子中学生)。しかも、ご丁寧にスク水まで着用しておる」 「いえ。自分がお聞きしたいのは、そんなことではありません。なぜ、あんな怪物(モンスター)が都心に姿を現わしたかという事です」 「いいかね、千乗耳(せんじょうじ)君」一の川の丸眼鏡がキラリと光った。「そもそも現代はストレス社会だ。そこにウィルスの大規模流行や地震、台風など未曾有の天変地異まで頻発しておる。その上、人類社会は様々な化学物質に取り巻かれてもおるじゃろ。日々、そんな環境に身を置いてみたまえ。人間とて怪物化して暴れたくなっても、何ら不思議ではあるまい。あれは科学者の(わし)の目から見ても間違いなく、巨大化したJC(女子中学生)怪物(モンスター)じゃよ」 「えっ! じゃぁ、博士の説によると、デカくなるJC(女子中学生)が他にも!」  イカれ爺いに科学的な仮説を求めたのが間違いだったと後悔する前に素っ頓狂な声を上げたのは、俺の後輩で廃刊寸前の雑誌社でカメラマンをしている三平。三十路を越えた今でもクソガキで通るほど脳みそを使わないボンクラだ。 「おい、三平。無責任なことを言うんもんじゃない。いくら何でも、そんな非科学的なことが……」 「お話し中、失礼します」先ほどの伝令だ。「司令。2頭目の巨大な怪物(モンスター)が埠頭から現れ、現在こちらに向かって移動中。目標1と同様にスクール水着着用のJC(女子中学生)の特徴を有しているとの情報です」  あまりの事に頭がクラクラして、俺は気を失いかけた。                2  俺は千乗耳終(せんじょうじ おわる)。  一般大学から苦学の末に自衛隊の幹部学校に滑り込み、卒業して無事に入隊を果たすと、数年後、ささやかながら家庭を持った。充実した幸せな日々だった。だが、そんな公務員生活は十年も経たずにピリオドが打たれた。出世欲もなかった俺が、突然、怪事件を専門に処理する内閣官房付き即応大隊の司令に抜擢されたからだ。それから暫くは周りからの風当たりも強く、肩身が狭かった。防大出のエリート路線をひた走ってきた同僚たちからすれば、やっかみもあったのだろう。  しかし、それもすぐに終息した。なぜなら肝心の怪事件の大半は、怪獣とは名ばかりの巨大な珍獣駆除。失敗すれば山のような始末書を処理し、米つきバッタのようにお詫び行脚に奔走しなければならない左遷人事だと判明したからだ。おまけにカイゼル髭を蓄えた怪しげなイカれ爺いの世話まで焼かなくてはならない。こんな事なら、子供の頃に観たヒーローに敵対する悪の幹部の方が、まだマシだ。彼らは今の自分よりも、はるかに自由だったし、生き生きと悪事を働いていた。それに比べて今の俺は……。  自身の境遇を憐れめば憐れむほど俺の生活は荒れた。おかげで家庭すら失った。一時は心療内科にも通い、退官すら考えた。心配した同期が吞みに誘ってくれる事もあったが、すぐに行かなくなった。彼らが俺を笑いものにして、日頃の憂さ晴らしをしていると知ったからだ。  それでも俺はここにいる。  なぜだろうか。考えずにはいられない日々が今も続いている。 「司令、どうかなさいましたか?」 「いや、なんでもない。何か動きか?」 「はっ。はじめに出現した目標1を知っているという御婦人が司令に会わせろと騒いでおりまして……」 「俺にか?」 「そうです。取り巻きも、たくさん従えて。それと……」 「まだ、何かあるのか?」 「はっ。先ほど内閣官房から、テレビ視聴者にもわかりやすいよう、陸から出現した目標1を“リクコ”。海から現れた目標2を“ウミコ”と呼称せよとの命令です」  ダサいネーミングセンスに今にも吹き出しそうな伝令を俺は下がらせた。                3  野戦指揮所の前で騒いでいる群衆は、いつもの鳥獣保護を叫ぶ自然保護団体の連中とは違う匂いがした。俺は、その中でも、ひときわ大騒ぎしているキツい化粧の中年女の側まで2名の警務隊員を伴って近づいた。 「責任者の千乗耳(せんじょうじ)です。リクコを御存じだというのはあなたですね。で、私に何かご用ですか?」 「あなた!」中年女は俺を睨みつけた。「いま何て言ったの! ねぇ、いま何て言ったか、もう一度言ってみなさい!」 「私は忙しい身です」うんざりした俺は常套句を口にした。「誠に遺憾ではありますが、苦情の類であれば、部隊の広報科苦情係にお願いします」 「何が苦情よ、この税金泥棒! あたしの娘をリクコなんて呼ばないでちょうだい!」  踵を返しかけた俺は警務隊員に制止されている中年女を問いただした。 「あなたの娘ですって?!」 「そうよ。あたしの娘よ。名前は田畑昌子。水着にも名前があるでしょ、ちゃんと読みなさいよ!」  確かにリクコの水着前面には“1のA 田畑”と白地に大きく滲んだ黒字で書かれた名前が縫い付けられている。 「しかし、田畑さん。アレは……」 「何がアレよ、この穀潰しの嫌われ軍人が! あんたと違って、うちの昌子は十四歳で地下アイドル界の人気者になったくらいファンが多い娘なんですからね」 「そうだ、そうだ! マーちゃん! マーちゃーん!!」  人を見下したような中年女の声に合わせて、脂肪分過多のファンたちが騒ぎ始めた。 「あんたたち、うちの娘をどうする気? あの娘を攻撃なんかしたら訴えてやるからね!」 「そうだ、そうだ! マーちゃんを攻撃するなー! マーちゃんを殺すなー!」 「国家の横暴は許さないぞ! 生き返ったマーちゃんを殺すなー! 二度と死なせないぞー!」 「ほら、見てみなさい。うちの娘を応援してくれる人たちも同じ意見なのよ! さっさと、ここを引き払いなさい! でないと本当に訴えるわよ!」  厄介なことになったぞ。早く退治して官舎で昼寝でもしようと思ってたのに……それにしても地下アイドルって、いったい何なんだ?。 「(おわる)ちゃ~ん」 「げっ」思わず声が漏れたが、騒ぎに紛れて、幸いにも相手には聞こえなかったようだ。  俺に声をかけたのは、江戸堀緩子(えどぼり ゆるこ)。  名前が示すように頭のネジの緩さは後輩の三平に負けず劣らずの三流芸能記者。だが、普段の弛緩したような顔からは想像もできない衝撃の一言が、その口から発せられた。 「アレが、十四歳ってことはさぁ~、問題になっちゃうんじゃないのぉ~」 「問題になるって何がだい、(ゆる)ちゃん?」                4 「おい、千乗耳(せんじょうじ)君!」一の川の慌てふためく声に指揮所に帰った俺は顔を向けた。「いったい、どういう事なんだね?! さっきまで映っていたリクコの映像にモザイクが掛かったかと思ったら、今度はまったく映らなくなってしまったぞ!」 「確認が取れ次第、ウミコの映像も同じように処理されるでしょう」 「なんじゃと?!」 「先ほど、官房長官から連絡が入りました」 「なんじゃと。で、長官は何と?!」 「少年法ですよ、博士」俺は溜息をついた。「あの怪物(モンスター)が十四歳の未成年だと判明したから、マスコミは一切の映像を自粛したんです。母親が現れて、いま報道陣の前で騒いでます。こればかりは内閣官房であっても、どうする事もできなかったんでしょうね。(ゆる)ちゃんのリークが原因ですよ」 「緩子(ゆるこ)君め、いやはや困った事をしてくれたものだ……奴らの生態が詳しく観察できんとなると、対応が後手に回ってしまうじゃないか」  対応してるのは、あんたじゃなかろうに。  俺はカイゼル髭を掴んでイカれ爺いをジャイアントスイングでぶん投げる妄想を跳ねのけると、指揮所内をイライラと歩き回る一の川に意見を求めた。 「では、どうすればいいと思うんです?」 「よし! あれは間違いなく怪物だと、(わし)がキャメラの前で訴えよう。さすれば官房長官もマスコミに働きかけてくれるじゃろう」 「無駄です。あれがJC(女子中学生)だと仰ったのは、そもそも博士ですよ。あなたのコメントは、すでに動画サイトでトップの再生回数です」 「何たる失態じゃ」一の川は頭を抱えた。「えぇい。薄消しとまでは言わん。せめてモザイク映像に戻すくらいは出来んものじゃろうか……」 「望みはありませんね。マスコミだけでなく、内閣官房も未成年者イジメで世間から叩かれることを最も恐れていますから」  そんなことより自分の落ち度でもないことで、また周囲から責められるんだろうなという思いで、俺は頭が一杯になりはじめた。 「あの2頭は互いに惹きあっておる。それぞれの進行方向から見て、それは間違いはないというのに詳しく観察できんとは……」 「そうだ!」突然割って入った三平が声を上げた。「毒を以て毒を制す。2頭を戦わせて共倒れを狙うって作戦はどおっすか、博士? デカくてもJC(女子中学生)ってくらいだ。身勝手さも天下一品。些細なことで友達をイジメんのは、奴らの得意技じゃないっすか。奴ら同士が殺し合うんなら、こっちは関係ない」 「残念じゃが、行動科学の点からも、それは考えられん」 「どうしてっすか?」 「いいかね、三平君。今のJC(女子中学生)は陰湿だよ。面と向かっては喧嘩もすまい。奴らは何も考えずに群れて楽しく騒ぐ。それのみだ。それがJC(女子中学生)というものじゃよ」 「ちきしょう。生きてた時は地下アイドルだったかどうか知んないけど、これじゃ、都会を乗っ取った怪物(モンスター)のゲリラライブが始まるのを指を咥えて待ってるだけじゃないか!」 「おい、三平!」あることに思い至った俺は三平の両肩を掴んだ。 「なんすか、先輩?」 「お前、いま何て言った?!」 「これじゃ、怪物(モンスター)のゲリラライブが始まるって……」 「いや、そうじゃない。その前だよ!」 「生きてた時は地下アイドルだったかどうか知んないけどって……」 「それだ! さっき会った大勢のファンどもも、生き返ったマーちゃんを殺すな。二度と死なせないぞって言ってたな。三平、お前と(ゆる)ちゃんに大至急、頼みたいことがある」 「何か思いついたようだね、千乗耳(せんじょうじ)君?」  一の川の丸眼鏡がキラリと光った。 「えぇ、まぁ」  せっかく思いついた計画だ。カイゼル髭のイカれ爺いに足元をすくわれるなんぞ、まっぴら御免だ。俺はお茶を濁すと、三平と一緒に緩子(ゆるこ)を探すために野戦指揮所を後にした。                5 「局面1(フェイズ・ワン)、状況を開始。最大音量で奴の曲を流せ」  怪物(モンスター)出現から、早や5時間。  俺は、追いかけっこをしながらビルのガラス窓を指で突ついて割りまくる2頭の怪物(モンスター)が、曲が流れ始めた途端、それに合わせて歌い踊る姿を双眼鏡で確認した。  もちろん、2頭の歌声は人間のそれではなく、キリキリキリーー、アンギャー―スという怪物の咆哮に他ならない。    まだか……三平、早くしろ。それにアレも……。   「司令」副官の緊張した声。「前線指揮官から緊急連絡。先ほどのリクコの母親以下、ファン多数が、曲が流れるや否や、隊員の制止を振り切り、防衛線を強行突破。連れ戻すため、ただいま彼らを追跡中とのことです」 「了解した。前線指揮官へ至急電。追跡を諦め、全員、直ちに防衛線まで後退せよ」 「ですが、突破した者たちを連れ戻さねば……」 「制止を振り切ったのは彼らだ。おそらく怪物どもとライブでもしたかったんだろう。まったく酔狂なことだ。(ひるがえ)って部隊は、これ以上の野次馬の流入を防がねばならない。我々は法に(のっと)った行動をする。全員、直ちに防衛線まで後退だ」  よし。アレの準備は完了だ。  怪物(モンスター)どもと、そのファン達のライブから、さらに1時間が経過した。 「何を考えておるのかね、千乗耳(せんじょうじ)君?」一の川が俺に耳打ちした。 「歌と踊りで怪物どもを空腹にさせ、餌を撒いて海まで誘導したところで海自に仕留めてもらうつもりです。幸か不幸か、奴らを崇拝する者たちが、それを促進させてくれてもおります」 「ほぅ、怪物(モンスター)を海まで誘導とはのぅ」  お前は何も考えずに黙ってろ、イカれ爺い。  俺は一の川を無視して2つ目の命令を下した。 「局面2(フェイズ・ツー)、状況を開始。ふりかけ散布」  数万食分の御飯の友が2機のCH47輸送ヘリから怪物周辺と海までの道路上に降り掛けられた。当然のことながら、その何十分の一はリクコの母親とファン達の頭上に降り注いだ。  やがて怪物(モンスター)どもの咆哮がやんだ。 「司令」恐怖を押し殺した副官の声。「リクコとウミコが……」  俺は何が起こったか聞くまでもなかったが、副官に先を促した。 「リクコとウミコが、前線を突破した母親以下、ファン多数を貪り食べております」 「なに?!」俺は一応、驚いて見せた。「ふりかけの匂いで海まで誘い出そうとしたのに、何という事だ。血も涙もない怪物(モンスター)どもめ」 「ふぅおっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。怪物(モンスター)どもめ、キモオタの踊り食いか……そう言えば、リクコの母親は君を訴えると息巻いておったな、千乗耳(せんじょうじ)君。いやはや君にとっては何とも都合のいいことじゃ」 「何を仰りたいのかわかりませんが、博士」 「まぁ、よい。それより見たまえ」  その光景を見た瞬間、予想外の展開に俺は肝をつぶした。  リクコとウミコがお腹をさすりながら、ひどく苦しみ出していたのだ。 「なるほど、そうか!」一の川が、わかったとばかりに手を打った。 「な、何が起こったんですか、博士?!」 「元来、キモオタの多くは脂肪過多で不摂生の塊じゃ。どれほど悪性の脂成分で構成されておることか。それを、あれだけ平らげたんじゃ。怪物(モンスター)でなくとも、食あたりを起こすの自然の摂理というものじゃよ」 「それじゃぁ、吐いたり……下痢したり……」 「当然の帰結じゃろうな」  邪魔者が居なくなったところで、怪物(モンスター)どもを、きれいさっぱり野砲の集中砲撃で片付けてやろうと思ったのに、このままでは奴らの嘔吐物か、ビチ糞の処理までしなければならない。部下たちに、俺はそんな汚れ仕事を命令しなければならないのか。小山のような怪物の汚物をシャベルで懸命に掻きだす部下たち……あぁ、一体どちらがマシなのだろう。吐き気を催す胃酸(ペプシン)の強烈な酸性臭か。それとも鼻を衝き、皮膚の奥まで染み透る茶色の物体の悪臭か……俺は、そんな仕事を懸命に働く部下たちに……人々から馬鹿にされ、蔑まれ、嘲笑された先に彼らは自分の家族や子供たちに、今日の仕事をどう説明するのだろうか? 「いやぁ、今日はまいったよ。怪物(モンスター)どものウンコの上でこけちゃってね。早く風呂に入らないと」 「うわぁ、パパ臭~い。そんなんで帰ってこないでよ」 「そうよ。そんな汚れた身体で帰ってくるなんて、ご近所迷惑も考えてよ。今日は銭湯にでも行ってよね!」  すまない……本当にすまない。さすがに俺も心が痛んだ。                6 「ねぇ、先輩。聞いてるんすか? 凄いっすね。先輩の言ってた通りでしたよ!」  三平の声に我に返った俺は、彼から首尾を聞くと衛星電話を引っ掴んだ。 「官房長官を頼む。大至急だ!」  俺の手には三平と緩子(ゆるこ)が手に入れた、リクコとウミコの戸籍抄本がある。  役所の担当者も国家規模の緊急事態だからと騒ぎまくるこいつらに気が動転したのだろうか。マスコミの知る権利を振りかざす2人に折れたのだ……とは言っても、それを(そそのか)したのは俺だが、証拠はない。後々問題になるだろうが、俺は知らぬ存ぜぬで、功名心に(はや)る目の前のボンクラどもの暴走だと断じれば事は足りる。皮肉にも、こいつら自身がマスコミのスケープゴートになれば、むしろお釣りがくるというものだ。 「長官」俺は理路整然と、しかも熱く攻撃許可を求めた。「リクコとウミコは既に死人です。戸籍からも抹消されておりますので、国民でもなければ、もはや基本的人権すら喪失しております。外見がどうあれ、単なる巨大な怪物(モンスター)なのです。尊い犠牲者も多数に及びます。一刻も早く駆除すべきです。さぁ、多くの有権者に長官の決断力を見せつけてやるんです。今がその時です。お願いします、次期総理!」  8機のAH64対戦車ヘリから一斉に放たれた複数の対戦車ロケット弾を顔面に浴びた2頭の怪物は断末魔の咆哮すら上げることなく、ビル街にくずおれた。  死骸の原形だけは残してくれと哀願するイカれ爺いを無視した俺は、間髪入れず、特科部隊に榴弾砲の斉射を命じて怪物(モンスター)を粉砕した。もちろん、残骸もすべて火炎放射器で焼き尽くした。  苦労しただけあって仕事の後は爽快だった。  撤収を始める野戦指揮所の中で肩を落とす一の川博士の姿があった。さすがに少し可哀想になった俺は彼の隣のパイプ椅子に腰をおろした。 「今日は大変な一日でしたね、博士」 「千乗耳(せんじょうじ)君……リクコとウミコは……」 「どうしたんですか?」 「吐くのが先か、ビチ糞を垂れるのが先か、いったい、どっちだったんだろうねぇ。いま考えると、まるで禅問答のようだとは思わんかね?……」  おれはカイゼル髭のイカれ爺いに少しでも同情してしまったことを、またも後悔し始めていた。 「まぁ、奴らが退治された今となっては、それもわからんことじゃ……だが、(わし)はアレらが最後の2頭とは到底思えん。この世界が続く限り、第2、第3のリクコやウミコは必ずまた現れる。おそらく次の怪物(モンスター)は奴らより、もっと恐ろしい被害を我々の文明にもたらすじゃろう。観覧車のような巨大な車輪を持った自転車に乗り、ダンプカーほどの大きなスマホを片手に持って、ビルを次々となぎ倒して都心を猛スピードで蹂躙する巨大JK(女子高校生)、いや巨大JD(女子大生)。奴らは……」  俺はイカれ爺いの戯言を聞き流しながら、ふと指揮所に残された電源の切れたテレビモニターに目を止めた。モニターは黒い鏡のように俺の疲れ切った姿を映し出していた。  ……俺は今日、怪物(モンスター)に出会った。1頭は陸から、もう1頭は海から。そして、もう1頭は初めからそこにいたようだ……。  現実から逃避するために周りの人間を利用し、あまつさえ邪魔になる者は情け容赦なく謀殺する。結局それは保身や部下たちのためであったのだろうか。それとも自暴自棄がもたらした単なる狂った遊びだったのだろうか。考えたところで満足のいく答えなどないのかもしれない。  一番の怪物(モンスター)は、鏡のような黒いモニターの中で、ニヤリと笑った。                了
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