おにぎりあたためますか

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 ドン、と音がして唯一店内とバックヤードを繋ぐ扉に両手を押し付けられる。 「そろそろ落ちてよ」  真田の声は切なくて、俺を押さえつける手は震えていた。  初雪が終わって、これから本格的に冬になる前の雪の降らない、真冬よりも寒い時期がやってくる。  下手に空が青いと冷え込むコンクリートはたった数分の外出でも足の指先から冷えてくる。  二十四時間灯りの消えないコンビニは寒い冬の格好の湯たんぽだ。  本格的な冬ではないから店に入ってくる客の上着もそこまで厚手ではないから、暖かい息を吐きながら両手をすり合わせ「寒いねー」と入ってくる。  ホットフードはホカホカと暖かく、おでんはアツアツで。最近出来たイートインスペースには夜これから仕事に行く人、帰る人、ちょっと休憩に来た人が入れ代わり立ち代わりですぐに満席になる。  そして「暑い暑い」と外の寒さを恋しがり、そしてまた「寒い寒い」と目指す場所へ向かう。  気温が五度を下回るとおでんは切らさないように注意しなければならない。  だから補充するために、バックヤードに入ったのだけど。  明日の発注をしながら、在庫の確認をしていた真田におでんの状況を伝えた。  今日はもう少し気温が下がるし、明日は金曜で、木曜の今日は飲み屋街は早めに引くだろうから、寄り道がてらおでんを食べたいと、派手なお姉様方が夜に必需品のウエットティッシュと化粧落としの代金を払いながら言っていたと伝えた。 「いつになったら、振り向いてくれんのかな」  俺に聞こえるか聞こえないかの声で、ため息と共に吐き出すように言う。 「そんな風には考えられないってば」  少しおどけて返す俺を、悲しげな顔で見た真田にちょっとだけドギマギしながら、レジへ戻ろうとした時、スっと動いた真田に捕まった。 「そろそろ落ちてよ」と言う真田は少しだけ震えていて、肩に乗せた頭は力なく項垂れているようにも見える。  唯一の出口を俺の背中で閉ざされてどうしようか、と一瞬アソコを蹴ってやろうかと思ってしまった。  そんな俺に「俺は本気なんだけど」と掠めるようなキスをした真田は俺を掴む手の力をほんの少しだけ緩める。  逃げようと思えば逃げられる、振りほどこうとしたら簡単に振りほどける真田を。  少しだけ可愛いと思ってのは、ナイショ。  店内を映す小さなテレビに映るレジはお客さんが並んでて、今いるバイトだけじゃまかなえない。  大慌てで出る俺は「いらっしゃいませ」と声を出す度に外から入り込む冷たい風にちょっとだけ赤くなった顔が早く冷めるように祈る。
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