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身の丈の数倍はあろうかという城門を見上げ、瑛翠はごくりと唾を飲み込んだ。堅牢な鉄の門扉の両端には、厳めしい矛を携えた門番が、険しい表情でこちらを見据えている。
巨大な王宮をぐるりと囲む石塀は、よく見れば三尺ほどもある石を四角く削り、規則正しく積み上げたものだった。絢爛な王宮はもちろんの事、この石塀一つとっても、国を治める王の力の強大さを見てとれる。
広大なこの西周を統べる王は、名を李履而(リ・ハジ)と言い、その性格は高慢で強欲。色を好み、敵国の民のみならず、自身の臣下にまで暴虐の限りを尽くした。父王から王位を継いだ履而が最初に行ったのは、執政ではなく、官吏たちから私財を奪い、美姫を侍らせることだった。その上身の回りの者たちの喉を潰すことで、己が得た権力を誇示してみせた。
乾いた砂に囲まれ、資源も乏しいここ西周で生き延びるには、何よりも金と力が必要だ。それらを持たない弱者は、死ぬか、あるいは強者の庇護の下で一生を過ごすしか道はない。
今でこそ僅かなりとも自由を得た瑛翠であったが、かつては金蓮と呼ばれる青年と同様、愛玩されるだけの人形だった。だからこそ、姿を消した彼の気持ちは理解できた。だがいくらなんでも無謀が過ぎる。彼の飼い主はそこらの官吏などではない、この国の王なのだ。
「あの、瑛翠様……?」
「――ああ、すまない小芳。少し考え事をしていた。急ごう」
瑛翠が馬を降りると、門番が進路を塞ぐように矛を交差させて無言で誰何する。それはこの門を潜る際のしきたりであり、何人たりともこの儀礼なしに門を通り抜けることはできない。ここを自由に出入りできるのは、この広い国土において王の履而、ただ一人だった。
「私は劉瑛翠と申します。後ろにおりますのは、金蓮様に仕える小芳と申す者。急ぎ中書令の旺偉(オウ・イ)様にお取り次ぎ願いたい」
胡乱な眼差しを向けていた門番が、旺偉の名を出した途端、それとわかるほどに青ざめ、素早い動作で矛を納めた。 どうやら瑛翠のかつての飼い主は、今も尚この場所で権勢を振るっているらしい。
しばらくすると、耳障りな音を立てて鉄の門扉がゆっくりと開いた。中央を走る通りの遥か向こうに、王の住まう明黎殿が見える。
小芳を伴い、瑛翠は馬を引きながら憲兵の後ろを歩いた。牛車が数台通れるほど広い通りの両脇には、手入れの行き届いた樹木が整然と立ち並んでいる。木々を彩る紅い小さな花がほのかに香り、鋭敏になった瑛翠の心を一時和ませてくれた。
よく躾けられた使用人に、物腰柔らかな女官たち。どこからか雅やかな音楽が微かに漏れ聞こえてくる。一歩門の外に出れば、民草が一切れの肉を命がけで奪い合っているというのに、高い城壁の内側はまるで別の国のように穏やかな時が流れていた。
「ふっ……、う……」
嗚咽のような声漏らし、小芳が小刻みに震えている。明黎殿が近づくにつれ、その顔はますます強張り、丸い額には脂汗が滲んでいた。
「今は下を向いていてもいい。だが陛下の御前では毅然としていなさい。そんな顔で震えていたら生き長らえる機会をみすみす逃すことにもなろう」
「わ、わかりました、瑛翠様」
瑛翠が口にした厳しい言葉に、小芳は小さく呻いてから、弱々しく丸まっていた背筋をすごすごと伸ばした。おそらく彼は今、刑を執行される前の罪人の気分なのだろう。
「何があっても側にいるから安心しなさい。陛下も小さな子供を斬って捨てるようなことはなさらないはずだ」
「……はい」
しかしそんな瑛翠たちの淡い期待は、残虐さで名の知れた王によって呆気なく裏切られた。
「即刻その者の首を跳ね、門の外に打ち捨てよ」
無慈悲な命に眉をひそめたのは瑛翠だけだ。小芳はすぐさま控えていた武官に取り押さえられ、冷たい床に這いつくばる格好になった。
「ひぃっ……! ぐ、うっ……」
武官に頭を踏みつけられ、小芳が苦しげに呻く。涙と鼻汁に濡れたその顔を目にした瞬間、瑛翠は思わず伏せていた面を上げた。
「お待ち下さい、陛下」
「命乞いならするだけ無駄だ。瑛翠、貴様もよく知っておろうに」
「もちろん存じております。その者は罰を受けて当然。そのことになんら異論はございません。ですが子供の首を刎ねるなど、陛下の御名を貶めるだけではございませんか」
再び平伏して言葉を続けると、退屈を何より嫌う王はすぐさま切り返してきた。
「ほう? では貴様ならばこやつにどのような罰を与える? 王の命を退けるというのだ、さぞや面白い提案をしてくれるのであろうな」
面白がるようなその声に、瑛翠は内心でほっと息を吐く。どうやら興味を引くことには成功したらしい。あとはこの残忍な王を喜ばせる趣向を用意してやればいい。
(今度こそ必ずあの子を救ってみせる。そのためならば命すら惜しくはない)
瑛翠は目を閉じると、彼の人の姿を思い浮かべた。それからゆっくりと顔を上げ、声が震えてしまわないよう、下腹にぐっと力を込める。
「さあ。申してみよ、瑛翠」
「恐れながら申し上げます――」
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