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「――下衣と下穿きを取ってそこに座れ」  言う通りにした袁の前に移動し、情けなく下半身を曝した袁の姿を冷ややかに見下ろす。瑛翠はもう一度大きく嘆息すると、袖を捲ってくったりと萎えた逸物に手を添えた。今更こんな茶番に付き合わされることには心底うんざりするが、この際仕方がない。 「なんだよ、手だけか?」 「黙っていろ。今お前は俺に急所を握られているんだと言うことを忘れるな」 「おっかねぇなぁ」  始めこそ不満を漏らした袁だったが、瑛翠が竿を撫でさすり、親指と人差し指を器用に動かしながら上下に扱き始めると、あっという間に息を荒げた。しゃがみ込んだことで露わになった項に、袁の息がかかるのがひどく不快だった。 「ふ……さすがにお上手だ。おい、竿なし野郎にはどうやって奉仕してやったんだ?」 「さあな。忘れた」  普段からよくしゃべる男だが、こんな時まで饒舌なのかと妙な所に感心しながら、瑛翠はすっかり露出して色付いた先端に爪を立てて、袁を一気に追い上げることにした。 「ん、ふ、……はぁ、――お前ほど美しければ、男も悪くない。なぁ、人探しなどどこかに打ちやって、俺と手を組まないか? 人嫌いの俺でも、お前とならうまくやっていけそうだ」  はっはっと獣のような息を吐きながら、袁が陶然と語りかけてくる。愛しげに髪を梳かれ、瑛翠は心底ぞっとした。  自分が思っていた以上に、他人と触れあうことに抵抗を感じてしまう。瑛翠は袁に気付かれないよう、出来るだけ自然な動作で体の位置を変え、袁の手から逃れた。 「小芳のようなかわいげのある少年ならばまだしも、根性のねじくれたお前の相棒など、俺は御免だ。そんなことよりさっさと出してしまえ。いい加減、腕が疲れてきた」  客相手ならば絶対に許されない暴言を吐きながら、瑛翠は先走りで濡れた砲身に顔を寄せた。鈴口に爪先を食いこませ、思わせぶりに息を吹きかけると、袁の怒張はとうとう限界を迎えた。 「お、前っ! ……く、うっ!」  咄嗟に顔を引き、空いた方の手で白濁が辺りに飛び散るのを防ぐ。互いの衣服を汚さない為の行動は、客を取っていた時の名残だ。ようやく務めを終えた瑛翠はゆっくりと立ち上がり、男の精でべたつく手を拭うものを探して辺りを見回した。卓の上に手巾を見つけ、まだぼんやりとしている袁に声をかける。 「おい、そこの手巾を……――っ⁉」  両手が汚れていたせいで、動作が一歩遅れた。  袁は無防備な肩を強引に引き寄せると、噛みつくように瑛翠の唇を塞いでくる。するりと滑り込もうとする舌を唇に感じて、瑛翠は相手の服が汚れるのも構わず、大きな体を力一杯跳ね退けた。 「何をする!」 「怒るなよ、俺を顎でこき使おうって言うんだ。これくらい安いもんだろう?」  濡れた唇を舌で舐めながら、袁が不敵に笑う。男の目論見通り、まんまと油断した自分が許せない。 「くそっ……!」  袖口で乱暴に唇を拭い、床に唾を吐き捨てる。袁は濡れた下肢を拭い、衣服を整えながら「まったくひでぇな」と苦笑った。文句を言いたいのはこっちの方だ。瑛翠がじろりと睨みつけると、袁はだらしなく弛めていた頬を少しばかり引き絞め、妙に真剣な声音で言った。 「まずは奴が連れ歩いている女を探れ。閨でしゃべり過ぎちまうのは男の性だからな」  助言はありがたいが、そんなことなら寝台で眠っている子供でも言える。自らの支払った代償の大きさに、瑛翠は下唇をぎりぎりと噛みしめた。 「まさかそんな与太話を聞く為に俺の手と唇は汚れたのか?」  目の前の男はまるで何事もなかったかのように支度を終えると、用は済んだとばかりに扉に手をかけた。怒りを漲らせている瑛翠を振り返り、不敵に笑う。 「後々高くはない買い物だったと思うはずだ。それどころか、俺を袖にしたことを後悔するかもしれんぞ」  部屋から出て行く袁の後ろ姿を見送り、拭い過ぎて赤くなった手から力を抜くと、瑛翠はその場に座り込んだ。 「とんだ買い物だ、くそっ……!」  王の告げた期限まで、残すところ一日。思い悩む時間は、瑛翠にはもう残されていなかった。
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