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 可の根城から宿に戻った瑛翠は、既にきちんと身支度を整えている小芳に、袁が入手してくれた王宮の見取り図を見せてやった。 「こんなもの、一体どうやって……!」  かつての瑛翠もだが、小芳だって王の居城で何年も生活している。それでもその全貌はおろか、自分達の行動範囲ですらその位置関係や構造を正確に把握することは難しい。それほどに王の住処は巨大かつ、入り組んでいるのだ。 「あの可軒洪と言う男、思ったより厄介な類の人間らしいな。これが外部に漏れたと陛下に知れたら、官吏は一人残らず王宮からいなくなるぞ」  これを握られていては、いくら官吏と言えども可軒洪に手出しはできないだろう。何しろ相手は自分達を死体の山に変える手札を持っているのだ。その様を思い描いてしまったのか、小芳が身を竦ませる。 「私達にとってもこれは大変な切り札になるぞ、小芳。これさえあれば、未鳴をあの忌まわしい場所から救い出すことができる」 「え? でも金蓮様は――」 「王宮で今も苦しんでおられるはずだ」  未鳴は王宮にいる。その疑惑は最初から瑛翠の中にあった。あの堅牢な門と監視の目をかい潜ることなど、世慣れない彼にはやはり不可能なのだ。更に言えば、不具の足で追っ手から逃げ切ることは難しい。だが確証が持てなかった。  もし外に出ていた場合、彼が無事でいる可能性は格段に低くなる。その危険性を考えると、のんびり王宮に留まってなどいられなかった。逆に王宮内にその身を秘匿されているのであれば、少なくとも命を脅かされるような心配はない。もちろん王の真意がわからない以上、王宮が必ずしも安全であるとも言い切れない。いずれにせよ、後はもう自分の直感を信じるしかなかった。 「物売りの袁を覚えているか?」 「ええ、あのうさんくさい無精髭の男ですね」  小芳の小作りな顔が、さも不快そうに歪められる。後の袁の苦労を思い、瑛翠は苦笑した。 「未鳴を無事連れ出せたら、後のことは全て袁に任せておけばいい。あれでもかなり腕は立つし、存外役にも立つ」 「え?」 「袁にお前と彼の当面の世話を頼んでおいた。お前は気に食わないだろうが、他に信頼できる人間がいない」  袁は旅先で行商をしながら、様々な町を渡り歩く。つまりあの男の不在を不審に思う者もいないというわけだ。 「つ、連れ出すって、一体どうするおつもりなんですか? 見取り図があったとしても、たくさんの見張りがいることに変わりはありません」 「官吏どもにはそれなりの餌を、そして陛下には新しい贄を用意してやる。何も心配はいらない」 「瑛翠様……?」  不安げにこちらを見上げる小芳にぎこちなく微笑むと、瑛翠はゆっくり息を吐いて呼吸を整えた。僅かな隙も見せてはならない。相手は一国の王だ、瑛翠の畏れや迷いを見逃したりはしないだろう。  小芳に倣い、瑛翠も身支度を整えると、長靴に隠し持っていた短剣を取り出し、小芳の小ぶりな履物にそっと忍ばせてやる。できれば使って欲しくはないが、いざという時に役立つのは金か武器しかない。  瑛翠は額に垂れた黒髪を後ろに払い、小芳に向き直った。 「行こう。王宮であの方が待っている」
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