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 瑛翠に人買いという生業を与えたのは、育ての親である旺偉だ。当然ながら、王宮内の誰もが自分達のことを親子などとは思っていない。養子として迎えられた瑛翠が、実際は彼の慰み者であることは周知の事実だった。  瑛翠への関心が薄れると、旺偉は忠誠を誓う皇子に瑛翠を譲り渡した。だが所有者が変わっただけで、瑛翠の仕事は何も変わらない。昼間は小間使いとして様々な雑事を任され、夜は寝台で侍る。幼い頃の高熱が原因で子種が作れない体である瑛翠は、後宮で暇を持て余している高貴な女性達への伽を命じられることもあった。また別の日には、欲を募らせた官吏達の捌け口にもなる。  瑛翠の体が完全な青年に成長してしまうと、旺偉は皇子の欲望を満たす為の、別の人形を用意しなければならなくなった。自ら町へ赴き未成熟な男娼を捜し歩くには、旺偉という人は多忙過ぎた。だからその仕事が瑛翠に回って来たのは、恐らく必然だったのだろう。  当初、瑛翠を王宮から出すことを旺偉はかなり渋ったが、日々苛立ちを募らせる皇子を前に、とうとう折れた。  それからというもの、一年の内のほとんどを、瑛翠は王宮の外で過ごすようになった。町から町へと渡り歩いては、見目の良い少年を探し出し、皇子に献上した。  そうして何年か過ぎた頃、前王の病死により皇子は王座に着いた。だが彼の嗜好は相変わらずで、その後も瑛翠が任を解かれることはなかった。  自分のしていることにうんざりしない日はなかったが、再びあの場所に戻るくらいなら、どれだけ外道と罵られても瑛翠は構わなかった。なけなしの良心が疼くことがあっても、後悔したことはただの一度もなかった。  そんな時、瑛翠は未鳴と出会った。  辺境の小さな村で、彼は体を売って飢えを凌いでいた。よくある話だ。それこそ、身のまわりには嫌というほど。  酒場で男にしなだれかかる彼の姿を、瑛翠は驚くほど冷ややかな目で眺めていた。罪深い飢えた男達も、それらを寄せ付けずにはいられない輝く肌をした未鳴も、どちらも同じくらい汚れて見えた。あれは自分だった。自分と、自分を組敷いてきた人間の姿だ。  時折少年が何かを訴えるように、瑛翠の姿を見つめていたことを知っている。だが瑛翠が彼の視線に一度も応えることはなかった。いつ現れるかも知れない救いを待つだけの憐れな獲物に興味はない。熱い視線に炙られて、癒えたはずの項がどんなに疼いても、一度も振り返らなかった。少年が声を取り戻した、あの日までは。
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