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「……お母さんは?」
お母さんはそれを聞いてうーんと唸った。
「お母さんは仕事で忙しいからいけないけれど、汐莉はもうすぐ夏休みでしょ? そういえば、夏休みっていつから?」
「明後日から」私はすぐに答えた。
今日は日曜日だが、明後日からが夏休み。明日は行く気がしないけど修了式だ。
「ならいいじゃない。胡島は船で三時間くらいだから、日帰りでも泊まりでも行ってきたら?」
「それならお母さんも休みの日でなら行けるんじゃないの?」
「……お母さんは、行かない」
またもや沈黙。
私には行かせてお母さん自身は行かないのか。
「なんで?」
「お母さんの故郷は胡島じゃないもの。この街のすぐ近くの田舎で生まれ育った。でも胡島はあんたと血が繋がっているご先祖様がいるでしょ」
少しだけ時間があいた。お母さんは続けた。
「仕事が忙しくて二日連休は取れない。もうシフトは動かせそうにないし。それも事実」
お母さんは決して言わなかった。
胡島に行くと、お父さんのことを思い出して悲しくなるから、と。
お母さんに確認したことはないから、そう思っているのは私だけかもしれないけれど。
「一人で行くのは心配かもしれないけど、汐莉はもう高校生だし」
どうしてだろう。お母さんがここまで念押しする理由。
私はついに口を開いて言い放った。
「私は、胡島には行きたくない」
ここまできっぱり言えば大丈夫だろう。
案の定、お母さんは驚いたのか、まばたきが止まった。
「そうか……」
そして悲しそうな声を出した。
確かにお墓参りはしたいし、従兄弟の湊斗にもひさしぶりに会いたいし、叔父さんにも挨拶したい。昔タイムカプセルを埋めたこともあったっけ。
「お母さんはね、汐莉には生まれ育った場所を好きになってもらいたいの」
だって……汐莉は胡島もその海のことも……そう言い続けようとした時、電車が目的地に到着した。すぐに気がついた私はささっとお金を払い、電車から降りた。
胡島もその海のことも大好きだった。そうお母さんは言いたいのだろう。
しかしそれは、もう、過去の話。
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