海の声

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 白い魚の後ろを追ってバタ足。水面を足で叩いてずんずん進む。手は平泳ぎのように両手で水をかき分けていく。私が発明した泳ぎ方。  でも湊斗はちょっと遅い。「ちょっと待ってよー」とでも言うように足をつんつん叩いて合図してくる。海育ちの子なのに、湊斗は水泳がちょっと苦手みたいなのだ。  白い魚は速いから、湊斗をおいていくしかない。 「汐莉、速いって」声が聞こえた  遅い人は知らないもん。 「魚ちゃん、白い魚ちゃん、どっこいっくのー」  魚っていいな、ずっと海にいられるんだもん。 「それにしても魚ちゃん、迷子なのかな? こんな広い海で」  後ろで声がする。 「おい、汐莉ー、あんまり遠くまでいくと怒られるぞー」  ちょっとあきれた声の湊斗。どうやら追いかけるのをやめたらしい。 「大丈夫、仲間たちに会うのを見ているだけだからー」  海で遊ぶ子は、あまり遠くに行ってはいけないのがルールだ。とくに海の色が急に紺色になるような深いところは入ってはいけないよと、お父さんとお母さんによく言われる。私にはよくわからないけれど、いろんな大人から『海をなめてはいけないよ』と言われる。  海は悪いことしないもん、大丈夫。いつも私はそう返す。  さて、白の魚を見失わないようにしなきゃ。 「汐莉ー、もう一回飛びこみするぞ。来ないのか?」  遠くからする湊斗の声。魚にはもう興味ないらしい。ちょっと後ろを振り向くと、もう岩の上に登りはじめていた。  ……ってあれ? 魚は?  湊斗を見ているうちに見失った……? 「あれ? 魚ちゃーん」  いなかった。すばやい魚はどこかへ行ってしまった。 「どこいったんだろ」  もうすぐ紺色の海。これ以上はいっちゃだめ。と、言われている。この中に魚は逃げこんだのだろうか。もう人間に追いかけられないように。  遠くで、バッチャーンと音がした。 「おーい、汐莉、そこからはだめだぞ!」  あ、お父さんの声だ。湊斗にはない、大きくて太い声。いつのまにか岩場まできていたんだろう。お父さんが呼びに来たってことは、もうそろそろお昼ごはんの時間かな。
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