海の声

3/54
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ
 この日は、お父さんは午後から仕事。いっぱい魚をとってきてくれるといいな。 「はーい、戻るー」  白い魚は見えなくなくなった。お腹もすいてきた。しかし、紺色の海近くまできちゃった、ギリギリセーフなんだけど。私は水の中で方向転換した。これから岩場に戻るため。  うわ、お父さんと湊斗が小さく見える。私、ずいぶん遠くまできたんだな。  その時だった。 「キャ、キャア!」  今、背中が強いものに押された気がした。紺色の海から高い波が私にぶつかってきた。波なんて全然平気で体が揺れて楽しいものだと思っているけれど、今の波は、特別大きかった。  大きな波が私の小さな体を覆ってしまいそうになる。こんな波を感じたことなかった。なぜっていつもは波が弱いところで遊んでいたから。紺色の海から大きな波がくる……急いで私はバタ足をした。逃げないと、波に飲みこまれてしまう……。 「汐莉!」  お父さんの声が、バタ足をする音の間から聞こえてきた。  波は私の足をも飲みこもうとする。大きな力で。  ザブーン!  音が聞こえて私の耳の中に水が入って、音が聞こえなくなった。  目の前に水が頭から覆いかぶさって、何も見えなくなった。  バタ足の、水面を叩く感覚も、水の中でただ足を動かすだけになった。  口と鼻がふさがって、空気を吸いこむことができなくなった。  まるで水の塊に入りこんだかのように。後ろから怪物に襲われているみたいだ。  お父さん!  その声を出そうとしても、口を開くこともできずに、かわりに水が口に入ってくる。  ……なに? 急に海が私に襲いかかってきた……? こんなこと初めてだ。怖い。その瞬間心の中で思った。今まで海に対してちょっとも感じたことのない感情。  息くらいさせて。できなかった。海は後ろからさらに高い波をおこして私を海の中に引きずりこもうとしてくる。手足をバタバタさせてもただ沈んでいくだけ。  なぜ浮き上がらないの? 焦ってるから?  今まで溺れたことなんてないから、どうしていいのか全くわからなかった。  顔だけでもがんばって水面に出してみる。一瞬だけ目が水面に出て、また波が来て海の中に押しこまれてしまった。それのくりかえし。目だけは出せても、口と鼻が上にでなかった。これじゃ呼吸ができない。  焦っている私。早く、だれか助けて。  あれ、水面にでた時の山や岩が二重三重に見える……めまいかな。頭がクラクラする。バタ足をするのもつかれてきて、気が付いたらときどき止まっていた。もう一度大きな波がきて、そんな私の体を大きく揺り動かした。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!