海の声

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 怖い。  海が、怖い。  初めて感じる、こんなの。 「汐莉!」  かすかにお父さんの声が聞こえた。  目が閉じかける間に、お父さんの茶色い体がこっちにむかってくるのが見えた。 「……は!」  心臓が止まるかと思った。私はふとんを前へと放り投げていた。目がぱっちりと覚め、脳は活性化。水の中で溺れ息ができなかった分、はあはあと荒い呼吸をして空気をいっぱい吸いこむ。 「夢か……」  パタンとふとんにたおれこむ。ちょうど目に差しこむ朝日がまぶしかった。今日も暑くなりそうだ。 「なんて夢をみたの」  自分で自分にいらだってくる。そしてあれは夢ではない。小学校二年生のときの現実だ。なんであんな夢をきたのか。そういえば『ある日』が近いからか。  とりあえず、もう眠れない。今日は二度寝できない。  ラフなパジャマを着たまま、短い髪を手でとかして、タオルケットのふとんをとりあえず直してから、カーテンを開ける。カーテンレールのシャーという音とともに朝の光が部屋中に満ちた。  ……あっつ。  照りつける太陽がもうずいぶん昇って暑い光を放っている。時計を見ると今はもう十時。気持ちのいい朝ではなかった。おまけに湿度も高いのかじめじめする。一応窓を開けたが、蝉の鳴き声がうるさかった。  一階ではお母さんが起きているから冷房でも付いているだろう。私は暑さから逃げるように自分の部屋を出た。 「おはよ」  階段を降りるとすぐにキッチンとリビング。小さな部屋に家具を無理やり入れたような状態。リビングと言われる場所のテーブルと、食事をするテーブルは、この家では同じものだった。このテーブルだけ四人掛けで、この部屋にとっては一番大きい家具だ。そこにお母さんは新聞を広げていた。 「おはよう、汐莉。もう十時よ? 休みの日はいつもこんな時間に起きているの?」  私は冷蔵庫を開けた。ひやりと体に冷たさを感じる。 「まあね。や、休みの日ぐらいだよ」  牛乳を取り出してコップに注ぐ。朝はこれと決まっている。このままだとお母さんに「もっと早く起きなさい」と怒られそうなので、話を変えることにした。
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