しゅっぱつしんこう

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 さて、何本かの電車が目の前を通り抜けていったあとで、僕らも電車に乗り込んだ。  電車というものは、見ている分には申し分ないのに乗るとなんと暇なことか。  あまりにもすることがないので、とりあえず周りにいる大人たちに手を振ってみる。もちろん惜しみない笑顔付きだ。大体の大人たちは目が合うとニコッと笑い手を振り返してくれるが、そうではない大人たちもまあまあいるのもまた事実だ。  昔いたバンクーバーは良かった。バスの中でも街中でも、僕が笑顔で手を振ればみんなが僕を褒め称え話しかけてきた。首筋に大きく『狂竜』と彫ってある、全身入れ墨で強面の男性でさえ、見ず知らずの僕に猫なで声でかまってくれた。  まあ、昔の話をしたって仕方がない。もう6〜7ヶ月前、つまり人生の半分も前のことなのだ。僕は今を生きる男なのさ。  手をふるのに飽きると、ママがパン屋さんで買ったレーズンパンをくれた。パン屋さんのパンはやはりよい。というのも、僕はコンビニで売られているパンはあまり好みではない。特にレーズンパンはパン屋さんのものに限る。コンビニのレーズンはどうも口に合わなくて思わず口からポロッと・・・、おっと汚い話はよそう。  パンを堪能し終わったところでベビーカーが動き始めた。なかなかちょうどよいタイミングだ。今しがた降りた電車に手を振り別れを惜しむ。やはり電車は見るに限る。  そこからしばらくはベビーカーに揺られながら、見慣れない変わりゆく景色と過ぎゆく人々を見て楽しんだ。
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