しゅっぱつしんこう

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 どれくらいたっただろうか、気の長い僕だんだんと暇に耐えられなくなってきて、そろそろ最終手段に訴えようかどうかと考えているときだった。 「ばっ!ばっ!」  バスだ!それもたくさんの!僕の気持ちは一瞬にして舞い上がった。近くに停まっているバス、遠くに停まっているバス、道路からゆっくりとこちらに曲がってくるバス、通り過ぎていくバス。バス。バス。バス。無我夢中で指をさし、「ばっ!」と連呼した。  おそらくこの場所はバスの楽園なのだ。そうに違いない。ああ、なんて素晴らしい場所なんだろう。  たくさんのバスに気を取られていると、いつの間にか僕の首にはエプロンがつけられ、ママがお弁当を手にしていた。今日のお弁当はままお手製のミートソースパスタだ。ソースは、たっぷりの野菜の甘みとお肉がよく合う嗜好の一品。ただし、肝心のパスタはバンクーバーで買ったちょっと癖のあるやつ。食べるけれど。  いつもどおり左手にフォークをもたせてもらい、おててをあわせてパチン。これをしないとママがうるさいのだ。最高にお腹が減ってそれどころじゃないときにだって、おててをパチンとするまで何度も促してくる。大切な食事のマナーだそうだ。世知辛い世の中である。  いやしかし、バスを眺めながらの夕食は最高だ。なにせ食事をしている間中、すぐ近くにバスが停まっていたし、その隙間をひっきりなしにたくさんのバスが通っていくのだから。  食事も終盤を迎えた頃1台のバスが入ってきてゆっくりと眼の前に停まった。ママが慌てて僕のお弁当を片付け始める。ああ、もう少し食べられたのに。お腹の具合に少し不満を持っていると、ママが僕をベビーカーから抱き上げた。嫌な予感がする。パパがベビーカーをたたみ、ママが僕を連れてバスの中に入った。
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