しゅっぱつしんこう

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 その日の夜は楽しくてなかなか寝付けなかった。僕は基本、ママのトントンも抱っこも添い寝も必要ない。絵本を読んだあと、部屋を真っ暗にしてベビーベットに運んでもらいおやすみを言われれば一人で寝られる。これは僕が生まれたときからの習慣―もちろんトレーニングもしたが、その話はまた今度に―なのだ。  だがしかし旅行先となればまた話は別だ。 1歳になったとはいえ、僕だって慣れない環境は不安なのだ。だから眠りにつくまではママの添い寝がいい。  今日も部屋を真っ暗にされ、ママが僕を別途に寝かし添い寝する。旅行のときママの隣で寝られるのは正直嬉しい。だがしかし、横になる直前までパパと追いかけっこしていた僕がそんなに早く眠くなると思うかい?答えは否。  ママのすきをついて僕はベッドの端に向かい全力でハイハイした。もちろん途中でママに捕まったが、面白くて笑いが止まらない。ママが僕を抱き上げて、 「ねんね、だよ?」  と言った。僕は体の力をだらーんと抜いてママの腕の中で反り返った。こうするのが僕流の「寝るからベッドに置いてくれ」という合図なのだ。  ママが僕をそっと寝かせ、自分も横になった。しかし、これでめげる僕ではない。ママの様子をうかがい寝息を立てているのを確認すると、そーっと寝返りをし、今だ!と高速ハイハイを始める。  結局5回ほど繰り返したが、最終的にママの腕が僕の体の上に軽くのり、僕の寝返りを防いでしまったため、僕もだんだんと眠たくなりおとなしく眠ることにした。  あとから聞いたところによると、ママはその時本当は寝ていなかったらしい。たぬきねいり、というやつだ。まったく、そんな手を使うなんて大人とは汚い生き物である。
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