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「おはよー、になちゃん」
息子が、眠そうに呆けた顔でにぱぁと笑顔を向けた。
<にな>
それが多分、今の子どもである私の名前なのだろう。
次、もし女の子ができたらつけようと思っていた名前だ。
自分がつけようと思っていた名前を名乗るのは悪くないので、私は上機嫌に「へへ」と笑い返して、子供服の入ったタンスへとてててと駆け寄った。
一番下の引き出しを開けると、空白だらけだったはずの引き出しに女子幼児用の服がぎっしり詰まっていた。
綺麗にたたまれ並べられていることに、我ながら母親としてうまくやってるなぁと自分を誉めながら、一目見てピンときた服を引っ張った。
何着か一緒についてきてしまった服があったが、それは無理矢理押しこみ直し、目当ての服を無事引っ張りだすといそいそと着替えていく。
後ろを振り向くと、すでに朝食も着替えもすました息子は温かい部屋の温度の心地よさにウトウトしているようで、ぼんやりテレビを見る目は少々虚ろだった。
着替えの終わった私は「にーちゃん」と駆け寄り声をかけ、ペチペチと頬を叩いた。
すると、息子はうっとうしそうに私の手をぺいっと振り払い「嫌っ」と大きな声を上げてそっぽを向いた。
でも僅かに口元は笑っていたので、本気で嫌なわけじゃないのだろう。
「いひひ」
嫌じゃない、と察した私は息子のお腹をくすぐった。
「キャー! いっしっしっし!」
突然のコチョコチョに悲鳴を上げた息子は、楽しそうな笑い声をあげる。
全身を全力で使った、兄妹の会話であり遊び。
母親である自分は家事でやることがいっぱいあって、なかなかこうやって構ってやることができないが、子どもである自分はそんな仕事など一つもない。
楽しい
折角この姿になれたのだ。
私は、目いっぱい楽しもうと決意し、くすぐる手をさらに激しく動かした。
くすぐったくもなんともないやり方だが、それでも子ども同士だとこれで十分爆笑ものだ。
息子の悲鳴に近い楽しそうな甲高い笑い声を聞きながら、私は嬉しくなって思い切り笑う。
目いっぱい楽しもう
でも。
子どもになりたいと思った、本来の目的も。忘れずに――
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