はじめてのお客さま

1/16
273人が本棚に入れています
本棚に追加
/67ページ

はじめてのお客さま

 いつの間にか、割り当てられている部屋の、床の間に飾られている、絵が変わっていた。  梅の絵だったのに、今は、雪原にぽつりと置かれたみかんの絵になっている。  雪の白と、枯れ葉一枚を下に敷いたみかんの黄色の対比が鮮やかだけれども、線の描き方が荒い。勢いもない。典型的なしろうと絵。  ここ『楓の間』は借りている部屋だし、私物もほとんど置いていない。  狐庵の女主人・葛葉(くずは)も、従業員のテンも信用できるので、簡単な清掃や絵の掛け替え目的で、室内に入ってもらっても構わないけれど、ひとことぐらいは声を掛けてほしい。いちおう。  わたし……佐藤庵(さとうあん)は、食堂に戻るとテンに話しかけた。 「あのう、テン。楓の間の掛け軸が変わっていたんですけど、掛け替えました?」  今日はいちご模様の三角巾を頭につけた、テンが振り向いた。  煮物を作っていたらしい。おだしのいい香りがする。おたまを持って、振り返った。  黒い作務衣の上に白エプロン。まじ、おかんの姿。でも、黒髪の美青年。いやされる。 「いや。庵が来てからは、あの部屋には勝手に入っていない。葛葉も」 「みかんの絵なんです。絵を未完にするなよって、皮肉のつもりですかね」 「……晴命(はれみこと)の風刺かもしれぬ。気を悪くしたら、俺が代わって謝る」 「へ。晴命さんの?」  シャレのつもりかいな……みかんと未完……。笑えない。  晴命、という人は、葛葉の夫。けれど、訳アリで離別している。 「あいつは、いたずら好きだ。他意はない。おおかた、絵心のある庵が居候することに決まって、つまらない対抗意識を燃やしているのだろう。晴命は、絵も書も趣味としていた」 「そういえば、ここ『狐庵』の看板も、晴命さん筆でしたね」
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!