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プロローグ
「先生が好きです」
ずっと胸の中で眠らせていた想いを口に出したのは、高校最後の冬を迎えた頃だった。
本当は放課後まで待つつもりだったけれど、どうにも気持ちが走ってしまい、彼を呼び出したのは昼休み。
私のクラスの担任であり、古典の教師を務める吉岡紫苑先生は、生徒一人一人に寄り添ってくれる、とても優しい人だ。
到底叶わないと思っていた夢も、彼のおかげで随分と現実味を帯びた。
両手で差し出す手紙が緊張を読み取って震える。
突然の告白に驚いていたのか、しばらく動かずにいた彼は、ようやく手を延ばして手紙を受け取ってくれた。
しかし、彼は封筒を眺めるだけで中身を確認しようとはしない。
やがて、小さな溜め息を一つ零した。
「……冗談だろう?」
彼が零した最初の言葉はそれだった。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
雰囲気は重いまま、先生は言葉を並べていく。
「何を考えているんだ。大学入試までもう一ヶ月しかないんだぞ。集中力が足りないんじゃないのか」
「……っ」
「恋だの愛だのにうつつを抜かしている暇があったら勉強をしろ。優先順位を間違えるな。
くだらない事に時間を費やすな」
これは返しておく、と最後に付け足された言葉は辛うじて耳に入ってきた。
自分のものではなくなったように動かない手に手紙を差し込むと、彼はその場を離れて行ってしまった。
あぁ、そうか、と空っぽになった脳が呟いた。
そうだよな。当たり前か。
大事な受験を前に、生徒が教師に告白するなんて。
そりゃ、怒るよな。
悲しいはずなのに、涙は出てこなくて。
ただただ、頭の中で何度もそうか、そうだよな、と繰り返した。
返された手紙を弄びながら、廊下をとぼとぼと歩いた。
この後に控える授業が古典である事に、少し気が重くなる。
帰りたい、と心が呟くけど、結局私に授業をサボる勇気なんてない。
それに、彼の授業を放り出してしまったら、その程度の人間なんだと思われる。また、嫌われてしまう。
これ以上吉岡先生の評価を下げないために、今にも止まりそうな足に力を入れた。
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