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遠くへ
その日も白い朝だった。布団の中から見る空は、何の色味も感じなかった。
咳をする。情けないなと思いつつ、錠剤を何粒か出して水で嚥下。
少し前、窓の上にたまたま出来た燕の巣を思い出す。少し体を起こして見上げるが、小鳥たちは巣立った後で、誰もいないそれがシンと壁に貼り付いていた。
「どこ行ったんだろうなぁ」
知る由もない燕の子供たちを思い出して、あの頃毎日うるさかったな、と苦笑する。
ピーピーと、生きるのに必死で母親を求める。餌に食い付く。狭いお家で、兄弟達に負けないように、僕が私がと鳴いていた。そんな子供達を羨ましい、だなんて思った。雨の日は低く飛ぶ、晴れの日は高く飛ぶ。そして子供らに餌をやる。そんな親鳥を美しく思った。
生きるとは、命とは魂とは、本能だ。食わなきゃ死ぬが、逃げなきゃ死ぬ。動物の世界はシンプルで良い。生きるか死ぬかの定義しか存在しない。それに比べ、人間は酷かった。一度荒れてしまった心は治らない。一度爛れてしまった体は治らない。それでも延命。治れば万歳ものなのに、また歩き出さねばならなかった。金が無ければ生きていけない。軋轢、憎悪、そんなもので満ちている。
今日も駄目だ。会社が留守電対応の時間帯に電話をして、布団に潜る。今日もまた、駄目だった。そんな事の繰り返しで、果たしてどこまでやれるだろう。胃がキリキリと痛むが、薬はさっき飲んだ。徐々に収まっていくだろう。
飛び立った燕達を思い起こす。生きるか死ぬか、そんな生命達にも〝美しい〟だとか〝楽しい〟だとかを覚える事はあるのだろうか。大空から見下ろす街並みはどんなだろうか。広大な海はどう見えるだろう。生い茂る緑はどう映るだろう。私ならきっと、美しいと思いたい。そして遠くへ飛んで行きたい。旅がしたい。どこまでも遠くへ飛んで行きたい。
白い朝日が差し込む部屋。地べたを這うしかない私の目には、あまり綺麗には映らない。いつか、いつの日か、幼かった頃のように、今日はいい天気、と言える日が来るだろうか。
来年もまた、燕はやって来るだろうか。
その時私は、どう生きているだろうか。
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