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「あらそう? じゃあ、これでも……」
内心、そんな心配をする僕を他所に、彼女は再び口を開くと今度はいきなりマスクを外し始める。
その意図がまるでわからず、いったい何がしたいんだろうかと彼女の顔を見つめていると……。
「……!」
そのマスクの下から現れたのは、真っ赤なルージュを塗った口がパックリ耳もとまで裂け、その隙間からは白い奥歯までもが覗き見える、一般的な人の容貌とは少々異なる女性の顔だった。
「どう? これでもきれい?」
大きく裂けた口をわずかに動かし、彼女はたたみかけるようにして再度、僕に尋ねる。
一連の行動から考えて、それは否定されることを前提にした質問なのだろう。
しかし……。
「綺麗だ……」
僕は心底そう思い、無意識の内にも自然とそう答えていた。
確かに口は大きく裂けているが、全体の顔立ちは鼻筋が通ってとても美しく、先程から見えていたつぶらな瞳もやはり涼やかで吸い込まれてしまいそうである。
他人と違う容姿というのなら僕も似たようなものだし、裂けた口など些末な欠点だ。いや、むしろ彼女の個性であり、チャームポイントと言っても過言ではない。
その上、首から下もモデルのようにスラッと背が高く、出る所は出てくびれる所はくびれ、まさしく女性らしい良いプロポーションだ。
とにかく、彼女は美しい……僕は心の底から素直にそう思ったのである。
「……え、な、なに言ってんのよ、バカ! これでも綺麗だっていうの? そんなくだらない冗談言ってると、その減らず口をわたしみたいに切り裂くわよ!」
まったく予想外のうれしい答えだったのだろう。わずかにポカンとした顔を覗かせた後、彼女は頬をほんのり赤らめると、それでも照れ隠しに手に持った大きな裁断用のハサミを高々とふりかざし、わざと悪ぶって僕に凄んでみせる。
「い、いや、嘘でも冗談でもないよ。本当にそう思ったんだ。君は一目で恋に落ちてしまうくらい、今までに見た誰よりも美しい女性だ……って、あれ、僕、なんかものすごく恥ずかしいこと言っちゃってるな……」
それが本心であるとわかってもらうためとはいえ、勢いで初めて会ったばかりの女性に告白するようなことを口走ってしまった僕は、急に気恥ずかしくなってくると普段は鼓動すら聞こえない心臓までドキドキさせてしまう。
「あ、いや、別に恋の告白とかナンパ目的とかそんなんじゃ……」
誤解されてもなんなので、今度はあたふたと言い訳を口にする僕だったが、見ると彼女はハサミを振り上げたままの格好で、その両の眼からは静かに涙を流していた。
「……あ、あれ? やだ、わたし、なんで泣いてるんだろう? おかしいな…グスン……もう何年も涙なんか出たことなかったのに……」
頬をつたう自身の涙に気づき、彼女はコートの袖でそれをごしごし拭いながら、その感情を誤魔化すかのように小首を傾げてみせる。
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