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「もうママ、ノックしてよ」
「悪い。ちょっと急いでて」
勢いよく部屋に入ってきたお母さんは、
「これいい?」
娘の返事も待たず、勉強机の上のペンケースに手を突っ込みました。
「あーもう、買ったばっかなのにー」
「はいはい、今度買って返すから」
一番上の一号をぺらりとはがしたお母さんは、早くもほのかちゃんに背中を向け、仕事に戻っていきます。
その手の中で、兄弟たちにさよならを言う暇も与えられず、遠ざかって行く一号。
「一号……!」
突然の別れに、残された兄弟たちは、ペンケースの中で悲痛な声をあげました。
なんという悲劇でしょう。
ほのかちゃんのノートにかわいらしく貼られる付箋とは違って、お母さんに使われる付箋といったらいつも、「要確」やら「至急」やら、赤マルで囲まれた暗号みたいな文字を背中になぐり書きされた上、一日二日ではがされて、丸められてあっけなく捨てられる運命なのですから。
あのぼんやりさんの一号の未来は、良くてお母さんの会社のファイルキャビネットの中。悪ければ明日にも、可燃ごみの一員なのです。
すっかり重たくなった空気の中で、
「……っとにトロくせえな、一号は」
一号に代わって先頭になった二号が舌打ちしました。
「おれはあいつとは違うからな。見てろよ。絶対チャンスをつかむぜ」
自分に言い聞かせるようにつぶやく二号。
――つかむってあんた。一介の付箋の身で、一体どうやって。
そのとき兄弟たちの抱いた素朴な疑問のこたえは、翌日の夜、ほのかちゃんの通う英会話教室で明らかになったのでした。
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