ついてる男

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ついてる男

 彼の名前は、松井賢一。とても、運に恵まれた男だ。  生まれた産婦人科では、出産10,000人目の記念に100万円がプレゼントされ、チューチューランド開園以来5億人目に入場したということで、生涯無料の入場パスをプレゼントされた。  高校入試も、勉強もロクにせず、鉛筆コロコロとカンに頼った回答で見事に合格した。  2年生の時、今まで病気知らずであった賢一は、修学旅行を前にインフルエンザにかかり、旅行に参加することができなくなうという事態が発生する。  友人達は、とうとう彼にツキが無くなったと笑っていた。  楽しみにしていた修学旅行を休み、自分のベッドに入り寝ていると昼頃を境に、急激に体調が回復していった。この調子であれば、余裕で旅行に行けたのにと残念に思いながら、テレビを見ているとニュース速報が入った。 「○○県立○○西高等学校の修学旅行生を乗せたバスが横転し、乗客・乗務員全員が即死」というものであった。  そのバスには、もちろん賢一も乗るはずであった。級友と担任教師は帰らぬ人となってしまった。級友達との別れは悲しかったが、あの時インフルエンザにならなければ自分も死んでいたかと思うとゾッとした。  そんな調子で、そこそこの大学にも入学して、社会人になった。  ある日、街角で見かけた宝くじ売り場で、同僚に誘われて7つの数字を揃えるくじを一口購入した。その番号は自分の誕生日と、家族の誕生日を絡めた単純な番号であった。  数日後、抽選があり1等賞 10億円を手にする。  その金を元手に、不動産投資をしてみると地価高騰により転売に転売を重ねて、資産はどんどん増えていった。  またその金を元手に、ネット系の通販会社を設立してみると、これも時代のニーズにマッチしたのか、あれよあれよという内に、世界でも屈指の企業に成長していった。  彼に商才があったというよりは、周りのスタッフに恵まれたというほうが正解であろう。  その頃には、若手女優を恋人に、とっかえひっかえグラビアアイドルを愛人に変えて、多くの民衆の反感も買っていた。  ある時、彼は子供の頃からの夢を実現することを公言する。それは......。 『宇宙旅行』だった。  夢は火星への訪問であったが、手始めに月面探索に同行することになった。  賢一が参加するミッションは、月面の裏側に着陸し水と空気の製造装置と、食物の循環による効率的なシステムの運搬であった。  賢一は、宇宙飛行士の訓練を順調に取得して、その資格を手に入れた。  そして、宇宙への出発の日がやってきた。  同乗する飛行士は、賢一の他にアメリカ人のデビットと、中国人の金の二人であった。  順調に、打ち上げられるロケット。  今回の月面への旅の予定は三か月であった。  学生の頃のあの修学旅行のように、出発前に病気もしなかったので、今回の旅行は、快適なものになるであろうと賢一は確信していた。  グイグイと体にGがかかる。訓練での講義では3G程度と言っていたが、体感する加速度数はそれ以上である。  ロケットは、大気圏を突破し宇宙空間へ。  目の前に広がる、たくさんの星々に賢一は感動の涙を流す。  快適かと思われた月面旅行であったが、ここで一つの事故が発覚する。ロケットの常備されている酸素の供給弁がふさがっていることが発覚した。弁が閉鎖されたままであってはいずれ酸素が欠如して、皆窒息死してしまうそうである。この弁を開放するためには、ロケットの船外での作業が必要との事であった。賢一にそんな作業ができる筈もなく、デビットが船外活動をすることになった。  ゆっくり、船外に出るデビット。命綱をロケットに固定して、酸素の供給弁に向かう。なぜ、この弁が船外にあるのか疑問に感じたが、そこは賢一の理解できる範疇のものではなかった。  窓越しにデビットの作業を注視する。  デビットは、船体を辿りながら弁の傍にたどり着く。そしてゆっくりと右手を伸ばして弁に手をかける。力を入れてゆっくりと開放していく。それと同時に、船内の酸素量を表示する計器が、安全のグリーンに変わった。  賢一は、デビットの勇気と行動に感動して、親指を立てて「Good!」と合図をした。それに応えるようにデビットも親指を立てた。その刹那、デビットの体はロケットから離れて、宇宙空間に放り出される。  その様子を見て中国人パイロットの金は、笑いながらも命綱があるから大丈夫といった。  金の言葉を信じて、賢一はデビットの様子を眺めていたが、彼の体は停止する素振りを見せなかった。その内、彼の命綱がキチンとロックされていないことが判明して、彼は帰らぬ人となった。  賢一と金の二人は、予定を変更することも出来ずに、このまま月面に向かうことになった。  無事、月の裏側に着地したロケット。  辺りは真っ暗であったが、その代わりに美しい星々が輝いていた。  ひとまず、落ち着いたので、食事を取ろうと金より提案があった。  宇宙食を準備して食事を開始する。金の様子を見て、賢一は違和感を覚えた。自分が食べる宇宙食と、金が食べているものが異なっている様子であった。  彼が食べているのは、チキンのようであった。  賢一は、昔から鳥肉が苦手だったので、少し金に勧められはしたが、丁寧に断った。  数時間後、急に金が苦しみだした。  症状から見て、食あたりのようである。鶏肉で食あたり......、カンピロバクター、それは地上でもひどい場合は、生死をさまよう場合のある症状である。ましてや、医者などいない、この月面では......、数日後、彼は帰らぬ人となった。 「応答してください。こちら月面より救援を求めます。日本人の松井賢一です」賢一は、NASAに助けを求めて連絡した。 「こちら、NASA。残念だが、君を助けることは出来ない」NASAの通信担当は、心無い返答を返してきた。 「どうして!それでは、俺はどうすればいいのだ!? こんな遠い月面で!」賢一は、力一杯机を叩いた。 「今、地球に大きな隕石が接近している。公表はしていないが、20時間後に地球に激突する。そうなれば、間違いなく人類は滅亡するであろう。月面の裏側の君はきっと最後の地球人として生き残る事ができるだろう。賢一、本当に君はラッキーな奴だ・・・・・・・」そう言いながら、NASAの通信担当は力なく笑った。                              おわり
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