百1)秋の夜長

1/1
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/106ページ

百1)秋の夜長

 「あなたはいつも、悪い方を選ぶ」  妻は、一男の不器用な生き方をよくそんな風に言っていた。  トン、カン、タタン…  秋の夜長に、雨漏りがリズムよく部屋の静寂を破る。 ワンルームの仮設住宅。  夏は暑く、冬は寒い。雨漏りを避けようとすると、布団も敷けぬ状態だった。早期退職をして、全てを注ぎ込んだ田舎暮らしだった。  ~ログハウスの前に畑を作って、老後はのんびりと暮らしたい。~  妻の夢だった。少女のようにはしゃぐ、妻の顔が見たかった。その妻は、大震災で家の下敷きになった。畑の手入れをしていた自分だけ、生き残ってしまった。  地震だけではない、津波・原発事故による風評被害。さらに今年は台風も多く野菜も育たない。  東京に住む一人娘は、3歳と1歳の息子の子育て真っ最中で、ろくに連絡もとれない。「悪いけど、野菜を送らないで。安全の保証がないものを子供達に食べさせたくないの。」あれから6年たった今、やっとの思いで収穫した野菜を、実の娘でもそういう。 どうしようもなく、孤独だった。 …母さん、どうしたらいい?相談できる相手がいないのは、体の内側が凍えるような寂しさだった。  トン、カン、タタン…  一男は泪で滲んだ部屋を、ぼんやりと見ていた。 長い長い夜は、まだ明けそうもなかった。 【秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ 我が衣手は 露にぬれつつ】
/106ページ

最初のコメントを投稿しよう!