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外国人教師を連れ自宅に戻ってきたツエ子たち。 家では、教師をもてなすために家では 次男のカツジがはりきって食事の準備をしている。 「お帰り。帰ってくるのちょっと早いわ。まだ、ご飯の準備出来とらんよ。」 お勝手口から玄関の方へ大きな声で言ったカツジは、元々の細い目をさらに細めるような笑顔だった。 「もうちょっと待っとって。カツくんを手伝ってくるから。」 と恭子は言いながらが上がり框(かまち)を昇ってカツジのいるお勝手へ入って行った。 「騒がしくてごめんなさいね。」 と言ったツエ子の声色はお世辞にもきれいとは言えず、ブルースには今のこの言葉の意味を理解できなかった。しかし、ツエ子のこの語りかけから受けた凄く優しい親しみの印象が、この言葉の意味以上のメッセージがあることを感じとった。その答えであるかのような「ンー。」と言って少し上がったブルースの口角が、ツエ子との言葉のない会話を成立させていた。 「お母さん、お茶出すからブルースさんに上がってもらって。」 と、恭子はカツジを手伝いに行ったお勝手から気配りのある声で、ツエ子にブルースを案内するように声をかけた。 「上がってくださいって、何て言うの。」 ツエ子は恭子に少し大きな声で尋ねた。 「そんなこと日本語とジェスチャーで大丈夫だよ。」 袖口が濡れないように腕捲りをした恭子はツエ子の顔を見ずに声だけは大きく答えた。 少し困ったようなツエ子は、 「そんなこと言ったって。」と言って腰の下で手のひらをブルースに向け「こちらにどうぞ。」と照れた目線を下に向けながらブルースを招き入れた。 気の効いた掘りごたつなどない畳み敷の和室に、三人ずつは向かい合うことができるであろう大きな長方形のテーブルと、それより少し背の低い二人ずつが向かい合えるくらいの正方形のビニールのレースのカバーの掛かったテーブルがくっつけて並べてある。 ツエ子はいくつも並んだ座布団の中に一つだけ置かれてある座椅子のある席へブルースに、座るように促した。 「ブルースさんに靴は脱いで貰ったの。」 とまた奥の方から恭子の高い声がした。 「あ、そうだね靴は。大丈夫。もう脱いでござるわ。」とツエ子は少しほっとしたような声で答えた。 外には樒(しきみ)の植え込みがある。 ヒヨドリの甲高い声が響いた。 ブルースは靴を脱いで靴下で所在なげに立っていた。 濡縁越しに鶸が戯れる ブルースはアングロサクソンにしては背は丸く、西洋人には似つかわしくない謙虚さを身にまとっていた。 「なんだあ、もう来たか。」 奥の間から、すこし低くしゃがれた声で徹夫が妻のツエ子に叫びかけた。 「もう御座っとるわ」 とツエ子は徹夫に答えた。
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