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徹夫は無粋な男である。奥の間からニコリともせずに入ってきた徹夫の表情がいつものことであることに対し、ツエ子は特別なお客であるブルースになんだか申し訳なさを感じていた。 一見機嫌が悪そうに見える徹夫の態度は彼なりの照れ隠しである事にブルースはなんとなく気がついていたであろう。 目の前にいるブルースに一瞥もせずに、食卓になるテーブルの座布団に座った徹夫にブルースはアングロサクソン特有の仕草の眉を上げる仕草を挨拶代わりにした。 徹夫とブルースの無粋な主人と初見の来客者の向かい合わせは、本来ならその場に気まずい雰囲気を作る最大級の組み合わせである。しかし、お勝手にいる恭子とカツジから聞こえる声は、居間に座る重い静けさを持つ二人の男の空気を中和してなお余りあるだけの純粋な騒がしさがあった。 「お母さん。味噌汁の味ちょっとみて。」 と恭子がツエ子を大きな声で呼び寄せた。 「お祖母さんのとこの里芋入れたのかね。」ツエ子は農家である実家から貰った里芋の事を気にかけながら味噌汁の味見のために居間からお勝手へ向かった。 「入れとらんよ。里芋は煮っころがしにするんじゃなかった。」 恭子は、お勝手に入ったツエ子に居間にいたときと変わらない音量の声で答えた。 「入れとらんのかね。」 「だから入れとらんよ。でもカツくんがナスをいれとった。」 「何、カツくんがナスを入れたのかね。」 「うん、ナスは俺が切ったんだよ。ブルースさんにおばあちゃんのとこのナスを食べて欲しいもん。」 カツジは味噌汁を作るために使っているお玉を直接口にして、その味噌汁の味見をしながら得意気に答えた。 「カツ。お玉に口をつけないの。」 ツエ子はそう言って、カツジのカツジらしさのある腕白な無邪気ないたずらな気質を注意した。 「なんで。」 カツジは面を食らったようにツエ子に反復した。 「みんなが食べるんだから口つけたら汚いでしょ。」 と言ったツエ子の注意を気に止める様子もなくお椀に味噌汁をつけ(よそい)だした。 その時、 「なんだあ、まだかあ。」 という居間からの徹夫の大きな声が家中に響いた。 「今、行く。そんな大きな声出したらブルースさんがびっくりするわ。」 ツエ子が徹夫をたしなめるように言った。 ブルースはその様子に驚いたように大きな青い目を見開いた。 「お父さん。急に大きな声出すの本当にやめてよ。」 恭子もお勝手から徹夫に注意をするように言った。 さっき自分が出した声と同じくらいの音量で 「誰も大きな声なんて出しとらんだろ。」 という声が、徹夫から反駁するように帰ってきた。 徹夫の機嫌が気まずい空気の静けさを作った 。 ブルースは半笑いと言う表現が一番適している表情であった。 「ブルースさん、びっくりしたでしょ。まあ、この雰囲気にも早く慣れて貰わないとね。」 ツエ子が味噌汁をお盆からテーブルにおきながらブルースに言った。 「ンッンー」 ブルースの声にならない声が微かに聞こえた。 お膳が整い、居間に皆が集まりブルースを囲んだ食卓が催された。
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