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徹夫は相変わらずの不機嫌な面持ちを称えている。 ブルースは驚いたように目を見開いている。 染谷家を訪れたブルース歓迎の宴である。 食卓には既に用意された田舎料理や刺し身などの 大袈裟すぎるもてなしが、この村の閉鎖性を象徴しているかのようであった。 ツエ子は整ったお膳の前で、なお気忙しく皆に気を配りお酒や飲み物を気にしている。 「お母さんもういいから、食べよ。」 恭子がなお気忙しいツエ子にを気遣うように言った。 「わかった、わかった。」 徹夫に注いだビールの瓶を持ちながらツエ子が答えた。 ブルース歓迎会と言うには庶民的すぎる座敷の宴が始まった。 カツジと恭子の楽しそうな笑顔や喋りが場を和やかにし、徹夫の不機嫌な顔を相殺しても尚余りがあった。 その間も、ツエ子はブルースへの気配りを続け常に話しかけたり飲み物の手配りを忘れなかった。 ブルースはその都度「サンクス」や「サンキュー」と感謝の意をツエ子に伝えた。  しかし、ブルースは染谷家のもてなしとは裏腹に意味なく床の間に飾られた華の方に所在なく目を向けていた。 カツジが喋り、恭子が笑う。ツエ子が世話をやき、不機嫌だった徹夫はビールを飲み、ご機嫌になる。 ブルースはそこには居たが、そこに所在はなかったかもしれない。しかし、深い感謝と喜びはあった。ブルースはそれだけで、嬉しかった。 そんな染谷家から聞こえてくるいつもと違う、華やかで楽しげな笑い声や空気はこの村のに響いていた。それはこの村の格好の妬みの餌になるのは自明であった。水滴がスポンジに染み込んでいくように、染谷家への後ろ向きな噂はこの村の隅々まで染み込んで行くのであった。 染谷家の面々が陽であれば、ブルースの不安気に見える表情は陰であろう。この村の表情に陰と陽があればその陰はブルースに似つかわしくもあるであろうか。 「おい、ツエ子。ブルースさんはもう酒はいらん見たいやで、お茶を淹れてやってくれ。カツジも、まだ刺し身が残っとるぞ。」 いつになく多弁に徹夫は言った。 「ブルースさんはお茶は飲んだことはあるのかな。」 つえ子は美濃焼の湯呑に熱い晩茶をブルースと徹夫に用意した。
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