シュレーディンガーの招き猫

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 俺の叫び声が聞こえたのか、そいつは薄く目を開けると、顔をこちらに向けた。その目が徐々に大きくなってゆく。何か言いたそうに口を動かしたけれど、言葉は出てこない。  俺にそっくりな男――〈俺もどき〉と呼ぼう――は弾かれたように体を起こすと、ベッドの上で胡坐をかいて俺と向き合った。  暫くの間、そのままお互いに睨み合っていたが、やがてメドゥーサの魔力が解けたように、俺の固まった体は自由になった。 「お、お前は何者だ」  俺は掠れた声で尋ねた。 「俺は垣内潤だ、お前こそ誰だ」 〈俺もどき〉は俺にそっくりな声と俺にそっくりな口調で応じた。 「なんだと、垣内潤だと」 〈俺もどき〉が俺の名前を騙るなんて、ある程度予期していたものの、俺は腹が立った。 「俺こそ垣内潤だ。偽物め」 「何? 偽物はお前の方だ」 〈俺もどき〉も譲らない。また睨み合いが始まった。  俺こそ本物だ。それは確かだ。だとすると、俺の前にいる〈俺もどき〉は何だ? ひょっとすると俺の幻覚ではないか。俺は自分の分身――ドッペルゲンガーを見ているんじゃないだろうか。  昔読んだ芥川龍之介の小説を思い出した。主人公が自分自身の幻影であるドッペルゲンガーを見るというやつだが、ドッペルゲンガーの出現は死を予告するなんて書いてあったように思う。縁起でもないことを思い出した。これは是非とも〈俺もどき〉の正体を知る必要がある。 「分かったぞ。お前は俺の幻覚の産物にすぎない」  暫くして俺は口を開いた。 「幻覚? なら、お前こそ俺の幻覚だ」 〈俺もどき〉は負けじと反論する。 「俺はちゃんと存在している。われ思う故に我ありだ。だからお前が幻覚だ」 「何を馬鹿な。俺もわれ思う故に我ありだぞ」 「証明できるか」 「証明か……」 〈俺もどき〉はちょっと考えるような素振りを見せてから、ベッドに座ったまま手を伸ばして、 「これが証明だ」と、俺の頭を叩いた。 「何をする!」  俺は怒鳴ったが、〈俺もどき〉は澄ました顔をしている。 「幻覚がお前の頭を叩くか?」  なるほど、一理あると思った。だから俺も〈俺もどき〉の頭を叩き返して、 「痛いか。俺も幻覚じゃないぞ」
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