シュレーディンガーの招き猫

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 土曜日の朝。とっくに目は覚めているのに、俺はベッドの中で悶々としていた。  今日、俺は香山沙織とデートする約束をしていた。沙織は俺が大学三年のときにB級映画研究会に入会してきた。新入生だったけれど、入会は秋だった。春に入会していた沙織の友人が勧誘したらしい。  沙織は愛嬌のある目が特徴で、俺は一目で好きになったけれど、それを察した沙織の友人に釘を刺された。「残念ながら沙織には彼氏がいます。高校時代の先輩の」と。俺は失意のうちに卒業する。  ところが先日、B級映画研究会のOB会に出たところ、その友人が俺に耳打ちした。 「沙織、彼氏と別れたんだって」  その言葉に意を決し、酒の勢いもあって、俺は沙織をデートに誘った。で、今日が約束のその日だ。  けれど今日、俺は会社に行かなければならない。             昨日、退社間際の俺に課長が言った。 「垣内さん。故障してた空調だけど、明日、業者が来て修理してくれることになったよ。立ち会いに出てくれないかなあ」  課長は頼んでいるような口調だけれど、これは命令と受け取るべきだろう。そして更に、 「垣内さんは独り者なんで、休日でも大丈夫でしょ。他の人は妻子持ちなんで、休日には色々と予定があるらしいんだ」 と、追い打ちをかけてきた。  俺には出勤以外の選択の余地はなかった。  初デートを断ることは、きっと沙織の心証を悪くするだろう。しかし、俺は断りの電話をしなければならない。憂鬱だ……。  そんなわけで、俺はベッドの中で悶々としていたんだが、ベッドにしては背中が痛い。痛いはずだ、俺は直にフローリングの上で寝ていた。ベッドで寝ていたはずなのに、俺ってこんなに寝相が悪かったっけ。  肩の凝りをほぐそうと、上半身を起こして首を回すことにした。ぐるりと首を回してベッドの方に顔を向けたとき、俺は首を捩じったまま石像のように固まってしまった。そして、「ぎゃっ」と叫び声をあげた。ベッドで人が寝ているのだ。しかも、そいつは俺にそっくりな顔をしているのだ。
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