シュレーディンガーの招き猫

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「ちょっと調べてみよう」 〈俺もどき〉はテレビのリモコンに手を伸ばし、スイッチを入れた。テレビの画面が現れると、チャンネルを次々に変えていく。 「だめだ、パラレルワールドじゃないな」 〈俺もどき〉はテレビ画面から目を離さない。 「そのようだな」  俺は相槌を打つ。 〈俺もどき〉が言うように二つの世界が交わって一つの世界になったとすれば、同じ人間が二人いるのは俺たちだけじゃないはずだ。  同じ人間が同時に二人存在するという現象は、世界中で起こっているはずだ。当然、大ニュースになっているだろう。  しかし、テレビはいつものように朝の情報番組を流している。つまり、何事も起こっていないということだ。  俺たちは何も考えが浮かばずに、ぼおーとテレビを眺めていた。テレビでは、島を背景にして船上で女性レポーターが喋っていた。 「えー、これから私が行くのは、最近人気の○○島です」  ここで女性レポーターは船が近づいて行く島をちらりと振り返る。 「○○島は猫島として有名な島です……」  その時、突然俺の頭に明かりが灯った。 「おい、猫だ」  俺が発した言葉に〈俺もどき〉は、「猫がどうした?」という表情を見せた。 「猫だよ。シュレーディンガーの猫だよ」 「生きている猫と死んでいる猫の話か。量子力学だな」 〈俺もどき〉は分かったというように頷いた。一応、俺たちは理系なんだ。  原子や電子などのミクロの世界のものは、いろんな場所に同時に存在することができて、存在場所が確定するのはそれを観測した瞬間だというのが、量子力学の標準的な解釈だ。ところが、オーストリアの理論物理学者であるシュレーディンガーはそんな馬鹿なことがあるかと言って、ある思考実験を考えた。それが、シュレーディンガーの猫というやつだ。  外からは中が見えない箱の中に、放射性物質と放射線測定器、それに猫が入っている。放射性物質は五十パーセントの確率で放射線を発生させるのだが、放射線を検知すれば青酸ガスが発生するような仕組みになっているので、猫は死ぬ。  しかし、原子はミクロの世界のものなので、箱を開けて観測するまでは放射線を放出しているのか放出していないのかは確定しない。したがって両方の状態が同時に存在する。  だから、箱を開けるまで猫の生死は確定しておらず、生きている猫と死んでいる猫が同時に存在することになる。  ミクロの世界であやふやな解釈を認めてしまうとマクロの世界でとんでもない現象を認めてしまうことになる。それはないだろう、というわけだ。  しかし、現実にシュレーディンガーの猫状態が俺たちに起きているとしたら……
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