シュレーディンガーの招き猫

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「俺たちの今の状態がシュレーディンガーの猫状態じゃないだろうか。今の俺たちは確率五十パーセントで存在してるんだよ」 「だとすると、いずれ俺たち二人は、また一人に戻ることになるな。つまり、俺かお前か分からないが、どちらかが消えるというわけだ。そして、どちらかが確率百パーセントの存在になる」 〈俺もどき〉は片頬を歪めて皮肉っぽく笑う。 「うん、観測されたときには、だな」 「その観測って、誰がするんだ。まさか人間じゃないだろう?」 「そうだなあ、神様かもしれないなあ」  言ってから、これは神様が俺にくれたプレゼントだと思った。さっきまでは、俺は会社に行かなければならないので、沙織とのデートを諦めようとしていた。しかし、俺が二人いるということは、同時にどちらもできるということだ。 「成る程、沙織とデートができるというわけだ。神様も粋なことをしてくれるな」 〈俺もどき〉も俺と同じことを考えたようだ。 「で、どちらがデートする?」 「当然俺だろ。お前は会社だ」 「自分だけいい目しようってか。お前が会社だ」  俺も譲らない。  結局、俺たちはじゃん拳で決めることにした。俺が勝って、〈俺もどき〉が出勤することになった。 「こんな日に仕事かあ」 〈俺もどき〉は肩を落としてワンルームマンションを出て行った。仕事も済ませ、デートもできる――俺にとっては、シュレーディンガーの猫は福を呼ぶ「招き猫」だったんだ。    その夜、デートから帰ると、〈俺もどき〉は缶ビールを飲んでいた。既にテーブルの上には、空のレギューラー缶が二本転がっている。 「先に風呂に入れてもらった。ビールもよばれてるよ。ていうか、ここは俺の家だったな。遠慮しなくてもいいんだ」そう言って、〈俺もどき〉は笑った。 「何だ、自棄酒か?」  やりたくもない仕事をして、〈俺もどき〉はふて腐れているんだろうか。 「まあな。ところでデートは楽しかったか」 「ああ、楽しかった。来週また会う約束したんだ」 「良かった。お前は俺でもあるんだから、沙織に振られたんじゃ俺も困る。次のデートは俺の番だな」  ここは仕方ないだろう、次回は〈俺もどき〉に譲ろう。 「風呂に入ってくる。ビール残しとけよ」  そう言い残して、俺は風呂に入ったけれど、風呂から出てくると、〈俺もどき〉は消えていた。  テーブルの上には四本目のビール缶が載っていた。缶を手に取って振ってみると、中身の液体が動く感触があった。〈俺もどき〉はビールを飲んでいる途中で消えたのだろう。せめて飲み干してから消えればよかったのに。
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