シュレーディンガーの招き猫

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 俺はまどろんでいた。瞼を通して、光が感じられる。朝になったんだなと寝ぼけた頭で思う。今日は確か約束があったはずだ、と寝ぼけた頭でまた思う。約束……。そうだ、沙織との約束があった。沙織とはあれから何度かデートを重ね、今日も会う約束をしているのだ。  背中が痛い。痛いはずだ、俺は直にフローリングの上で寝ていた。 俺はベッドに目を遣った。人が寝ていた。そいつは顔を向こう側に向けていたけれど、体の輪郭から誰なのか分かった。そう、俺自身なのだ。また出たか、〈俺もどき〉。いや、俺が〈俺もどき〉だったかな。まっ、どちらでもいいや。 「朝だぞ、起きろ」  俺はそいつの背中になれなれしく声を掛けた。 「……」 〈俺もどき〉は答えない。まだ、寝ているのだろう。  俺は〈俺もどき〉の肩に手を掛けると、「起きろ」と言って、手前に引き寄せた。〈俺もどき〉の体が回って、顔が天井を向いた。まだ目を覚まさない。 「まだ寝てんのか」 そう言って〈俺もどき〉の顔を覗き込んだ俺は、驚いて体を離した。息をしていない。  今度は、「生きている俺と死んでいる俺」だった。                     (了)
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