1人が本棚に入れています
本棚に追加
第01話 もう一つの.接続《リンク》
薄暗い、無人の教室の中、カーテンから漏れる茜色の夕陽を浴びながら少年────平泉網はノートパソコンのキーボードをまるでなにか妖怪や悪霊にでも取り憑かれたような超人的な速さでタイピングする。
「よっしゃあ! ついに完成したぜ」
猛烈な勢いでタイピングをしていた少年はそう言うと、いつもより強めにエンターキーを押して約一時間ぶりにキーボードから手を離す。
するとそれに連動するかのようにガラガラというドアの開く音が教室に響いた。
「おい、ネット。お前はまだこんなところでソフト開発をしていたのか。もうすぐ六時だぞ。」
教室のドアを開け、長身で細身の少年────尼野崎優温はその鋭い眼差しでネットを睨んだ。
「お前が放課後もずっとこの渋谷区立渋谷東高校内の教室を転々として、そんな妖怪みたいな様でパソコンをいじっているせいでいつの間にか“ネト研”はこの学校の都市伝説として浸透し始めてるぞ」
優温はネットのノートパソコンのとなりに縦長のプリントを叩きつけた。
「お陰で生徒会には『うちの部室に変なモンスターみたいなのが居て怖くて入れないですー、なんとかして下さいー』みたいな苦情の連絡が止まないんだ」
優温がネットに向かって「どうするつもりだ?」と怒鳴るが、ネットは悪びれる様子もなく───
「いやいや申し訳ないねぇ。02兼苦情処理担当君!」
ネットの悪態に激怒した優温は唾を飛ばしながらネットに反論する。
「俺の名は02でもないし苦情処理担当でもないしお前のくだらないネト研の研究員になった覚えはない!」
顔面を真っ赤にしてネットに対して拳を振り上げようとした優温の肩を小さな手が掴み、既の所でそれを阻止した。
「いいじゃん、ネット研究会。私は好きだなー。なんてね」
そう優しく微笑む少女は───堀野茉由。ネットが創設した彼らが通う渋谷区立渋谷東高校の非公認サークル“ネット研究会”通称“ネト研”の副サークル長だ。
「堀野、お前いつこの教室に入ってきたんだ……って」
ネットは優温を勢い良く押し倒し、キラキラとした眼差しで茉由に駆け寄った。
「03! よく来たね。実は今日新しいノートパソコンが手に入ったところなんだ。見ていってくれよ 」
ネットはそう言って手元にあったものを何も考えず雑に詰め込んだとみられるはち切れそうなリュックの中から、入れ物に見合わない程高級感のある薄型のノートパソコンを取り出した。
そのノートパソコンの名は“GATE11”、インターネット業界やソフトウェア開発、スマートフォン、パソコン開発、重工業や石油業、はたまた芸能界と幅広い分野を手掛ける大企業“NANO SOFT”が売り出した次世代型のパーソナルコンピュータである。
「えぇ! ネット、これってナノソフトが売り出した新しいパソコンだよね。めちゃくちゃ高いって聞いたけどどうやって買ったの? 泥棒?」
「あぁ、これはね、ナノソフトに貰ったんだよ。ナノソフトの企画に俺の作ったソフトを応募したらそれが優秀賞取っちゃってね、貰っちゃった」
「ネットすごっー!」
ネットと茉由がゲートダブルワンをまじまじと見詰める中、優温は眉を顰めながら愚痴をこぼした。
「ふん、ナノソフトか。あんな企業のノートパソコンを使うなんてネット、お前もどうかしているな。今に見ていろ。あの企業の製品だ、それもすぐ壊れるぞ」
「って、あっつー!」
優温が愚痴をこぼすと、今度はネットが机に置いてあった熱々のホットコーヒーをこぼした。
「え、あ、ごめん02。コーヒーこぼした。あと、なんか言った?」
「貴様!」
ネットが再び優温に殴りかかられそうになる中、茉由は起動したゲートダブルワンの画面に指を指す。
「ねぇ、ネット。このアプリってなに?」
茉由が指を指したのは扉の絵が描かれたアプリで、アイコンの下に書かれるアプリの名称には“11”と書かれている。
「そのアプリ、実は俺もなんだかよく分からないんだよね。なんか最初から入ってたっぽいけど、ナノソフトのホームページのアプリ紹介にも書かれてないし、ネットで検索かけてもヒットしないんだよ」
ネットと優温がアプリを興味深そうに見詰めていると、茉由が薄く微笑んだ。
「ねぇ、開いてみない? このアプリ」
「おい、堀野。お前正気か? あまりよく分からないアプリは開かない方がいい。ウイルスとかが紛れ込んでくるかもしれない」
茉由の好奇心から来る提案に優温が反対すると、ネットは少し考えてから顔を上げて言った。
「03……やっちゃおっか!」
「なに!?」
ネットはゲートダブルワンにブルートゥース接続されたマウスを手に取り、正体不明の謎のアプリのアイコンをクリックする。
「なんだ……これは……」
ネットがアプリをクリックすると“Divers.net”と書かれたページに飛ばされた。
「へえ、アプリを開くとこのページに飛ばされる仕組みになってるんだ。しかもこれ、並みの検索エンジンじゃ引っかからないかなり深層にあるページだよ」
ページの下の方へとスクロールしていくと、いくつかの写真が貼ってあった。
一枚目は“ダイバーズシティ渋谷の街並み”というタイトルで、渋谷のスクランブル交差点を中心にして撮られたと思われる写真が、二枚目はハチ公像付近をアップにして撮られたと思われる写真が、三枚目は渋谷駅付近をアップにして撮られたと思われる写真がと渋谷の風景を撮ったと思われる沢山の写真が貼り付けてある。
「すごく解像度の高い写真だ……何億画素……いやもっとありそうだね」
写真を見ている優温が眉を顰めてネットと茉由に問いかける。
「お前ら、この写真に写ってる風景って本当に渋谷だと思うか……?」
「どういう意味?」
「渋谷のスクランブル交差点にヨーチューブのこんな大きなビルとか、ツイットーのビルなんて無かっただろ。しかもこっちの写真にはニタニタ動画の本社が映っている……渋谷駅の前にはニタニタ動画の本社も無いだろ」
「うん……確かに02の言う通り、この渋谷なんだかおかしいよ。なんか全体的に渋谷より近未来的で、インターネットにまつわるものが多い気がする」
ページを下へ下へとスクロールする毎に明らかに違和感のある渋谷の風景写真が表示されていく、そしてページの一番下へと到達すると少しページに間を空けて短い文章が表示された。
「『Diverscity渋谷にログイン』?」
茉由はきょとんとしながら首を傾げる。
「押してみようか」
そう言ってネットはその短い文章をクリックすると─────
「うわっ!」
ゲートダブルワンのインカメラの横についているフラッシュライトが激しく点灯し、なぜか三人の意識は一瞬にして遠のいていく。
それは意識が遠のくというよりは意識と肉体の乖離、そして離れた意識だけがゲートダブルワンに吸い込まれていく、近い感覚で言えば幽体離脱のような感じだった。
そして三人の意識が切れかける刹那、三人の脳裏には同時にたった数文字の短い文章が見えた。
「ようこそ! Diverscity渋谷へ─────!」
最初のコメントを投稿しよう!