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「ところで、マリナさんに一報しなくてよろしいんですか?」
「あ、忘れてた」
シュバルツのことばかり考えていた雄は、口に含んだ食事を飲み込んでから、ジークの質問に答えた。悪気はないにしても、雄が申し訳なさそうに相方のムグルに視線を送ると、彼は「大丈夫、しといたよ」と応えてから「ボクの携帯からだけどね」と言葉を付け加えた。
「奥さん、なんか言ってた?」
「フレムと同じ質問をされたよ。特に何も聞いてないって答えたら、簡単に引き下がったけどね」
そして軍人であるジークが居ることから、不都合なことはテレパシーで雄に伝えると、彼はおかずを口に運びながら眉を潜めた。
「おい、雄。何考えてやがんだよ」
「別に。ヒビキさんは、何処まで気付いて。どれだけのことを見てみぬ振りをしてるのかなぁ、と思って」
口が悪いものの、雄がしかめっ面を見せると何かしらあると学習したリョーイチ。
案の定、否定しながらも物事を考えるヒントを雄が与えると、今度はキョウが眉間に皺を寄せて発言する。
「もしマリナさんが巻き込まれないよう、敢えて気付かない振りをしてるのなら……。シュバルツさんは、その優しさに漬け込んで奥さんに何かを託した可能性はあるな」
「確認してきましょうか?」
「いや。それは俺が死んだ時、個人的に尋ねてくれないかな?」
「フレム君は、ヒビキさんの意見に賛同するんだね?」
「賛同というか……。この施設から彼女を取り上げたら、残った子供達はどうすんの? 俺、さすがに面倒みきれないよ?」
からかうように言ったムグルの発言に、雄は困り顔で反対意見の理由を述べた。
そして、そこまで考えが及ばなかったジークは、申し訳なさそうに「軽率な発言でした」と自身の提案を覆す。
「シュバルツって奴、マジで性格わりぃな」
「それも捉え方次第だと思うけどね。大切なものを預かってると、軽率な行動はしないものだし」
苛立った様子で言うリョーイチを宥めるようにムグルが発言すると、ヒビキが何故マリナを言及しなかったのか理解したジークが提案する。
「そうなると、余りマリナさんと接触しない方が良さそうですね」
「ヒビキさんが同行しなかったのも、シュバルツさんの奥さんでもある彼女に接触して、ボロを出ないためかもしれないしな」
「でも隠家出るのに、100%鉢合わせしちゃわない?」
ジークの提案に賛同したキョウの話に耳を傾けるも、コヅキがこれからの事を考えて尤もな意見を述べたところで沈黙。冷静に考えれば、誰でも気付く問題だ。
すると雄が、モグモグと味わっていたおかずを飲みこんでから愛想良く応える。
「その事なら問題無いよ。上の仕掛けは、一定の時間が経過すると閉ざされるから。そこの突き当たりの壁から出るよう、手帳に書いてあったよ。地下道に通じてるみたい」
「地下道?」
「地下鉄のことだろ」
「この辺だと、千川駅か」
雄か柱時計を境に調理場へと続く、ちょっとした通路を指差してみせると、ジークがオウム返しした後。単純に考えたリョーイチの発言からキョウが答えを導き出した。
「まぁ何処に出ても、地下のことから私達に任せて。案内するから」
「有難う、コヅキちゃん」
「でも今日は生気を養って、明日に備えて準備してよ。俺は2階片付けた後、横になって考えさせてもらうから」
自信満々で応えるコヅキに向かって、ムグルがお礼を述べると、急かされるのではないかと思った雄がストップをかけた。
「まだ読みきれてないのか?」
「それもあるけど……。一気に色々ありすぎて、気持ちが追い付いてないんだ。ちょっと頭の中を整理させてもらうよ」
考えてみれば、雄は記憶喪失である身にも関わらず、仲間の手助けにやってきた。
予定としては仕事中の仲間と合流した後、この隠れ家で話し合いを重ねていたのかもしれないのに……。足を運んでみれば、頼りにしていた仲間はおらず、衝撃的な発言を浴びて、迷わない方が可笑しい状況である。
理解を示したキョウは、「そうか」と言って言及せず。ジークとコヅキは、仕方がないと割りきって思い詰めないよう気遣い。
リョーイチは、うだうだと考えるのが苦手なことから。不服そうな表現を浮かべたものの、雄の様子に違和感を覚えたことから提案にケチを付けることはしなかった。
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