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23話/仕向けられた交渉
次の日。もっそりと雄がベッドから起き上がったのは、午前4時の事だった。
いつもなら三度寝するところだが、夕食をとらずに寝てしまっていた事から腹が減り。ついでに朝風呂に入れば良い時間になるだろうと思って部屋から出てみると、見張りとしてホールにいたムグルとキョウが驚いた様子で出迎える。
「ど、どうしたの?」
「まだ寝られるぞ」
「お腹空いた」
雄が一仕事してからマジ寝したことを知っているムグルだが、こんなに早く起きてきたのは予想外だったため。サイドテーブルに雄の苦手な珈琲しかない上に、残り物は夕食として消化したことを思い出して焦る。
「な、何か残ってたっけ?」
「ホットケーキなら直ぐにっ」
「無いなら自分で作るよ? ムグルは今の内に仮眠でもしてきたら?」
客人ではないし、ずっと寝ていたこともあって。働いてた二人に声をかけるが、世話好きな彼等には要らぬ気遣いであった。
「気になるから、雄の朝食を作ってからにするよ」
「雄は座っていろ」
まるで息子のために働くお母さんが二人いるようだが、寝起きで直ぐに頭が回らない雄は、それならばとソファーにちょこん大人しく座り。その8分後には、喫茶顔負けの朝食が並ぶのだから大したものである。
「じゃあ悪いけど、後の事はよろしくね。キョウ君」
「あぁ」
雄が行儀良く手を合わせてから朝食を口にしたのを確認するたムグルは、手短に別れの挨拶を述べると、相方を残して角部屋に移動。すると入れ替わるように、隣接した寝室から顔を出したジークが、2階の吹き抜けから1階のホールを見下ろし、事情を知るキョウが気付いて手招きしてみせた。
「おはようございます」
『おはよう』
「雄さん、早起きですね」
「お腹が空いて」
「予想外過ぎて、慌ててムグルと朝食を準備したんだ。ジークも食べるか?」
「いえ、僕は皆が起きてくるのを待ちます。6時頃の予定でしたよね?」
「あぁ。雄は食事の後、どうするんだ?」
「え? 朝風呂に入ってから、食事の準備を手伝うつもりでいるけど」
「それなら朝風呂の後で構わないので、僕のスマホからヒビキさんに直接連絡してくれませんか? 昨日のことで」
「昨日のこと?」
首を傾げてみせる雄だが、彼がシュバルツの事を言ってることには気付いていた。
しらばっくれるのは、罠と気付かれぬための演技である。頼みたいことがあるのに、此処で逃がす訳にはいかない。
「ムグルさんにシュバルツさんの生存が確認出来たと、LINEで報告してましたよね?」
「え゛、あっ。もうヒビキさんの耳に届いてるんだね? 弱ったな……。中間報告でぬか喜びさせたくないから、ムグルにだけ教えとこうと思ってたのに……。一言添えて送るべきだったな」
「御愁傷様」
きしむ胃を労るように、甘いシロップがかかったホットケーキを頬張る雄に向かって、キョウが観念しろとばかりに突っ込みを入れると、ガクっと項垂れて見せた雄は「朝風呂が済んでからね」と念を押した。
「ありがとうございます!」
「でも、ヒビキさん起きてるの?」
「起きてますよ」
「寝てたら起きるまで呼び出せばいい👍」
「酷い仕打ちだな」
付き合いが長いから言える事なのだろうが、断言したジークはさておき。キョウの遠慮のない提案に、雄は突っ込みを入れた。
でも二人の表情からして、それぐらいで怒るような人柄ではないのだろう。
「仲介はしてね」
「任せて下さい」
それでも雄は、念のためジークを頼り。
朝食を済ませて、ゆったり朝風呂を堪能した午前5時過ぎ。頭にフェイスタオルを引っかけたまま、仲介役のジークからスマートフォンを借りて会談を始める。
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