★33話/時は来た!

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 幸いコヅキの声が耳に届いたムグルが、咄嗟の判断で雄の身を支えに向かったことで床に倒れずに済んだものの。突然の出来事に皆驚いて駆け寄る頃には、ムグルが雄の容態を観察して言う。 「案の定、省エネモードに入ったね」 「省エネモード?」 「要は仮死状態に近い容態のことだ。死にはしないしても、こうなると3日は飲まず食わずになる」  シュバルツがオウム返しに尋ねてきたジークの質問に答えた後、(ひざまず)いた体勢で手首から脈拍を確認。過去に経験したことがある光景だが、弱々しく感じる脈拍から思わず不安そうな顔色を浮かべてしまう。 「イヌカイ、急いで医療班の手配を」 「ヒビキ! 悪いがよしてくれ。頼む」  気持ちは有難いが、この世界の常識では雄を治すどころか。物珍しさから実験体になるのが関の山だ。  久しぶりの光景とは言え、いつもケロっと回復してみせる雄を思い浮かべて気持ちを落ち着かせたシュバルツは、何故ヒビキの好意を引き留めたのか。鋭要らぬ誤解を生む前にと理由を述べる。 「魔力切れは、魔法を使える俺達でもどうしようもないことの方が多い。それに致命傷はないし、病気でもない時点で医者に見せても誤魔化しようがない。最悪検体になる」  つまり彼が何故彼が倒れ、目覚めぬ要因となってしまったのか。この世界の医療では、説明出来ない事柄の方が多いのだろう。  逆に良からぬ事を招く結果になると気付いて、何も出来ない無力さに(さいな)まれた。  しかし、彼等が魔法を使って現場から離れた後の事を知るシュバルツは、頭を切り替えて提案する。 「それよりお前ら、各自馴染みの連中に会って安心させてこい。結構な騒ぎになってるぞ」 「ホントっすよ! 目撃者が多すぎて、誤魔化しようがないんす」 「だろうな」  そもそも急な出来事で、ヒビキ自身が指揮をとっていたのだ。雄の魔法でタイムワープしたのなら、二三日消息不明になっていたことになる。騒ぎになって当然だ。  するとイヌカイが通路の壁際に置いていた鞄を持ってきて、中身を取り出し始める。 「そのままの状態で外に出たら、化物(ポーン)の餌食になるんで。応急手当した後、用意した軍服に切り替えて下さい」 「イヌカイさん、用意がいいですね」 「此処に来る前に、どっかの誰かさんが〈無傷とは言えない〉とか言われたんでね」  ジークの質問に名指しは避けたが、不満げにシュバルツを睨み付ける辺り分かり易い。  仕方がない事とは言え、心中を察したジークは「お疲れ様です」と伝えてから着替えを受け取り。ヒビキは「よくやった、イヌカイ」と誉めてから着替えを受け取った。 「コヅキちゃんも、軍の支給品で悪いけど用意したから」 「有難う、イヌカイさん」 「リョーイチとキョウも、文句言わずに着替えろよ」  けど着替えを求められると言うことは、この場から離れる事も求められているということで……。リョーイチとキョウは複雑な心境を抱えながらも、雄を抱えて移動を始めたムグルを黙って見送る事しか出来なかった。
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