30話/形勢逆転の波

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「おい、様子が可笑しいぞ」 「離れろ!」 「うわぁああ!!」  異変に気付いて振り返って見ると、先程まで人型を模していたモノが一変し、ボコボコと湧水のように漆黒の部位を広げると、ヌッと泥沼から四つん這いの巨体が這い上がり。陸に上がって来たかたと思えば、原形の維持が難しいのか。ベトっとした液体へと様変わりして、その場にいた人を呑み込み始める。 「走れ!!」  イヌカイが危機感から大声で呼び掛け、ジークやコヅキも駆け出したのを確認すると、時間稼ぎになればと手持ちの閃光玉を投げ付けながら走ってくるリョーイチとキョウを待つ。  一方、閃光玉を投げ付けるリョーイチとキョウに挟まれるように走っていた雄は、急ぎ魔法銃(マジカル・リボルバー)の弾数と効果を確認して。振り向き様に足を止めると、漆黒の大きな波に向かって撃ち放つ。 「闇滅光(セイト・シャイン)!!」  直接魔法で発動させた方が威力があるものの、人目がある以上そうはいかない。  ひとまず迫り来る漆黒の大波を相殺(そうさい)すると、踏み止まった状態で次の手を打つ。 「天空を駆ける 神々の怒りよ  我が前に立ち(はばか)りし  混沌なる闇に鉄槌を下せ  雷神槍(グングニール)!!」  すると狙い定めた軌道に魔法陣が現れ、それを撃ち抜くことで力を増した銃撃は、上空へと消え。瞬く間に雷雲を喚ぶと、大きな落雷による一撃を目標に与えた。 「やったか?」  思わず振り返って確認したくなる程の威力だが、相手の沈黙を確認する間も無く。目に見えぬ早さで一撃を食らった雄は、受け身を取ったものの。激しく道路の案内板に背中からぶち当たって、雄より前を走っていたはずのリョーイチとキョウの前に落ちる。 「雄!」  咄嗟に持っていたライフルを手離し、落下する雄の身を受け止めるキョウとその背後を狙って来た漆黒の波に気付いて、反射的にキョウの前に出るリョーイチ。  しかし、そんなリョーイチの前にヒビキが横から割り込んだ事で。漆黒の波は、ヒビキをかっさらうように喰らって身を引いた。 「義兄(にい)さん!」  あっという間の出来事に手も足も出なかったキョウは、先程までヒビキがいた場所を見つめて名を呼ぶが返事はない。リョーイチも一瞬の出来事に硬直していると、今度はイヌカイが「早く走れ!」と駆け寄った矢先に、漆黒の波に飲まれてしまった。 「嘘、だろ」  漆黒の波は、獲物を捉えると引潮のようにその場から離れ。再び大きな波へと変化しては、逃げ遅れた軍人を狙って襲い掛かる。  ーーもう成す術はないのか?ーー  誰もが絶望的な状況に死を覚悟し、せめてもの思いでリョーイチとキョウの下に向かおうとしたコヅキとジークを引き留めたムグルは、インカムを通して雄に渇を入れる。 「雄! 今すぐリョーイチ君とキョウ君を守らないと、後悔することになるよ!!」  すると気を失っていた雄が目を覚まし、リョーイチとキョウと共に漆黒の波に呑み込まれる寸前に防壁魔法を発動。  ムグルも漆黒の波から逃げ切れないと判断したところで呪文を唱えると、コヅキちゃんとジークを抱え。魔法により出現した【聖命樹】へ飛び移ると、天高く枝を伸ばした巨木から闇に沈んだ大通りを見下ろした。 「これは……」 「魔法だよ。ボクよりフレムの方が得意分野だったりするけどね」 「ムグルさん、魔法使いだったの?」  ジークの発言にムグルが応えると、コヅキが乙女思考を働かせて尋ねてきた。どうやら余り怖がっていない様子である。  魔法の存在をひた隠していた身としては、大変喜ばしい事なのだが__。小さく笑って見せたムグルは、「そんな可愛らしい者じゃないよ」と言って、漆黒の闇に沈んだ大通りへと視線を落とした。
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