りんごが必要

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「いつも思ってたけど、りんごに凄くこだわってるよね」 「ええ。こだわっているわ」 「その心は?」    心の内を探る為の初手となるこの問い。  これに、彼女はさらりと、まるで髪を指ですくように気軽に答えてくれた。 「りんごは、人に気付きを与える果実だから」  浮かんだイメージは、木からぽとりと落ちるりんご。  それで、閃いた。 「……ニュートン?」 「ニュートン」  彼女は真面目な顔で頷いた。 「私ね、引力は全ての物体が有していると思うの」 「りんごに対して働いた力は、この宇宙のあらゆるものに働いている。全ての物体同士は互いに引き合っている……万有引力の法則だね」 「そう。全ての物体は互いに引き合っているの」  彼女は非常に真面目な顔でそう言った。  僕は息を呑んだ。  全ての物体は互いに引き合っている……。  つまりそれは「私達って相思相愛だよね?」という遠回しな告白なのではないか?  ……五秒、考えた。  そして、一歩彼女の側に寄った。 「ぼ——僕たちの間にも、引力は作用しているね」 「私達も引き合ってるわけね」  ここだ。  先の五秒で閃いた、クリティカルな一言。  それを、口にした。 「僕たちは……その、あれだよ。……惹かれ合ってる……んじゃあ、ない、かなぁ……?」  ……ああ、この台詞を自信満々に言う事こそが、恐らくは彼女の運命の歯車を回す為に必要な勇気だったのだろう。    わかっている。  これまで彼女の語る運命をずっと聞いてきた僕だ。  恋愛映画の主人公みたいな行動でなければならなかった。  だがしかし、僕にはそんな演技力などないし、男気もなかった。  敢えての疑問形で、彼女の確認を待つというリスク回避……情けないと思うが、確証はないわけだし……でもこういう会話をしてきたということはそういうことと考えていいわけだし……。  言ってしまって、後悔して、取り繕うための言葉を探して思考が堂々巡りを繰り返す中で、彼女は言った。 「やっぱり、りんごが必要ね」  高山可憐は運命の出会いについて語り始めた。 「私がりんごを落としたら、それが始まりの合図だから」  そうして、彼女は歩き出した。  呆気に取られながらも、慌てて僕は後に続いた。 「一番近いスーパーはどこだったかしら?」 「あっちに行ったところに一軒……確か五分くらい歩けば……」 「じゃあ、そこで買ったら、してみましょうよ。運命の出会い」 「……そうだね」    頷いて、一つ咳払いをして、僕は喉の調子を整え始めた。  演技力に自信はないが、ここまでお膳立てされたのだから、少しくらいはカッコつけなければ。  五分後に、僕と彼女は運命の出会いをするのだから。  
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