ボールは友達じゃない

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ボールは友達じゃない

「ボールは友達」  球技をする少年なら、一度は聞く言葉だろう。  俺は野球少年だった。少しでもボールに馴染むため、俺は常にボールとともに行動した。  ボールを握ったまま眠り、ボールと共に食事をし、ボールを握りながら登校し、ボールと戯れながら授業を受け、ボールとともに湯船に浸かった。  そして、数年後。  俺の部屋に朝日が差し込む。 (球太郎、起きて、朝よ) 「ああ、おはよう、ボール」 (おはよう)  俺はボールと会話できるようになっていた。  真の友達となったのだ。  しかし、このころからトラブルも起き始めた。俺がボールと会話しているのを見た親は、カウンセリングを受けるように言ってきた。野球仲間の少年たちからは気味悪がられ、野球のとき以外は接してもらえない。  俺はますますボールとばかりつるむようになっていった。  しかし、さらに問題が起きた。 「人間とボールとの間に友情は成立しない」  ということに、俺もボールも気づいてしまったのだ。 (球太郎、勉強と私、どっちが大事なの!?) 「ボールに決まってるじゃないか! だけど宿題もしなきゃいけないんだ。しばらく静かにして」 (そんな……! ふん!)  ボールは、ベッドの下に転がっていった。 「くそ、あんな取りにくいところに! 拗ねやがって!」  勉強に戻ろうとした。しかし、頭にボールが浮かんで離れない。 「ああ、しょうがねえな!」  俺はベッドの下に手を入れて探った。 「来てくれたのね、球太郎!」 「当然だろ。俺達は……恋人なんだから!」  俺達の関係は友達から恋人へと変化していた。  しかし、またしても問題が起きた。 「く、駄目だ! 恋人を投げるなんて、できない!」  俺は、恋人のボールを遠くへ投げるなんてできなくなっていた。なにより、ボールが他の男に触れられるのが耐えられない。それに、バットで打たれるのも可哀相だ!ホームランなんて打たれたら、永遠の別れになるかもしれない……!  いろいろな想いが交錯し、投げられない。 (球太郎、私はボールよ。遠くへ投げてくれていいの) 「嫌だ! 俺はお前と一緒にいたい!」 (球太郎、ごめんなさい。別れましょう) 「な、どうしてだよ!」 (私はボールなの。投げてもらえなくちゃ、存在する意味がないの。いくら恋人でも、存在意義を否定する人とは、一緒にいられないわ) 「そんな!」  それから、ボールは一言も話さなくなってしまった。 「せめて最後に、出来るだけ遠くへ投げてやろう」  俺は東京湾にボールを投げた。ボールは遠くへ飛んでいき、海に沈んで行った。  さよなら、俺の初恋。  それから数年後……  俺には新しいボールの恋人ができた。  ボールを投げる。ボールはピンをすべてなぎ倒し、レーンの下を通って俺の元へ戻ってきた。 「おかえり! ボール!」 (ただいま、球太郎)  俺はボーリングの選手に転向した。ボーリングのボールなら、すぐ帰ってきてくれるし、丈夫だし、他の人に触られる機会も少ない。  今は、恋人と平和に過ごしている。  
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