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颯手は授与所に立ち寄り、絵馬を購入すると、本殿を左に回り込んだ。その後について行くと絵馬を書く場所があり、わたしはペンを取ると合格祈願の願い事を書いた。それを持って、更に進むと、絵馬がたくさん掛けられた場所(絵馬掛所)があり、赤い鳥居の向こうに、小さな牛の石像があった。
「ここにも牛がいる。……でも、顔がないわ」
四隅の柱に屋根のついた建物の中にいる牛を見て首を傾げる。
「この牛は『一願成就のお牛さん』って言われたはる。撫でると、ひとつだけお願い事を叶えてくれはるんよ。そうやって、たくさんの人に撫でられて来はったから、お顔がすり減ってしもたんやね。さあ、杏奈。絵馬を掛けて来といで」
颯手に促されて、どこに絵馬を掛けようかと迷っていると、老年の男性が鳥居をくぐってやって来た。四角い顔に、白髪の混じった太い眉毛が印象的だ。わたしが絵馬を掛けるのに手間取っていたので、颯手が「お先にどうぞ」と先を譲った。男性は会釈をし、牛の頭を撫でると、両手を合わせて熱心にお祈りをしている。そして祈り終わると、ちょうど絵馬を掛けて戻って来たわたしを見て、
「合格祈願かい?どこの学校かな。受かるといいね」
と微笑み、会釈をして去って行った。
「杏奈、掛けれた?」
「うん」
「それなら、お祈りしよし」
頷きながら、牛の前に立つ。
(一願成就か……。ひとつしかお願いを叶えてくれないってことよね。ひとつ……)
わたしは少し迷った後、牛の頭を撫でて、
(颯手の恋人になれますように……)
とお願いをした。
目を開けると、颯手と愛莉が笑顔でわたしを見ていて、
「これで合格祈願はばっちりや」
「神様がきっとご縁を結んでくれるよ」
と言った。
(違うお願い事をしたなんて言えない……)
内心でつぶやいていると、颯手が、
「ほんなら、『天神市』を見に行こか」
と言って歩き出した。
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