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「漆塗りの箱でな。螺鈿で桜の模様が入っておる」
「それがこの骨董市の中にあるの?」
「うむ。元々その箱は、儂の元に毎日お参りに来る老人の妻が持っていたものでな。妻は箱を、それは大事にしていたそうなのじゃが、妻が亡くなった後、息子が勝手に古道具屋に売ってしまったらしくてのぉ。夫は形見のその箱が見つかるよう、毎日儂のところへ来て、願をかけておるのじゃ」
「それはお牛さんの力では見つけられないの?」
神様の御使いなら、神様の力で、パパッと探し出せないものなのだろうかと思っていると、
「気配は感じるのじゃが、さすがにこれだけの古道具があっては、どこにあるのかはっきりと分からなくてのぉ……。公も、老人と箱の縁を結べず、困っておるのじゃ。それに、もし見つけたとしても、儂から渡すわけにはいかんしの」
お牛さんは弱ったように溜息をついた。
「そこで、渡りに船のお前さんじゃ。箱を見つけて、老人に渡してくれんかの?さすがに1年間も毎日お参りに来られては、願いを叶えてやらんと気の毒になってきてなぁ……」
「渡したら、わたしのお願い事も叶えてくれる?」
身を乗り出して聞いてみると、
「そうじゃなぁ……ふたつはルール違反じゃから、ひとつだけなら、縁を強く結んでもらえるよう公に進言してしんぜよう」
老人は皴を動かして、考え込むような表情を見せた。
「縁を結ぶ?叶えてくれるんじゃないの?」
「神は本来、個人の具体的な願い事を直接的に叶えることは出来んのだよ。神はただ、縁を結ぶのみ。その縁を手繰り寄せ、願いを叶えるのは、自分の力で為さねばならぬこと」
「要は、自分の努力次第ってこと?」
「神様に頼んだから、安心安心、ではいかんということじゃ」
自分は何も努力せず、お願いをしたから神様に全て丸投げ、ではいけないということなのだろう。
(縁を強く結ぶ、かぁ……)
お願い事が必ず叶うという確約ではないが、確率は上がる気がして、わたしは、
「いいわ。一緒に探してあげる」
と頷いた。
「ふぉっふぉっふぉっ。では共に参ろうか」
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