2.北野天満宮のお牛さん

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「漆塗りの箱でな。螺鈿で桜の模様が入っておる」 「それがこの骨董市の中にあるの?」 「うむ。元々その箱は、儂の元に毎日お参りに来る老人の妻が持っていたものでな。妻は箱を、それは大事にしていたそうなのじゃが、妻が亡くなった後、息子が勝手に古道具屋に売ってしまったらしくてのぉ。夫は形見のその箱が見つかるよう、毎日儂のところへ来て、願をかけておるのじゃ」 「それはお牛さんの力では見つけられないの?」  神様の御使いなら、神様の力で、パパッと探し出せないものなのだろうかと思っていると、 「気配は感じるのじゃが、さすがにこれだけの古道具があっては、どこにあるのかはっきりと分からなくてのぉ……。公も、老人と箱の縁を結べず、困っておるのじゃ。それに、もし見つけたとしても、儂から渡すわけにはいかんしの」 お牛さんは弱ったように溜息をついた。 「そこで、渡りに船のお前さんじゃ。箱を見つけて、老人に渡してくれんかの?さすがに1年間も毎日お参りに来られては、願いを叶えてやらんと気の毒になってきてなぁ……」 「渡したら、わたしのお願い事も叶えてくれる?」  身を乗り出して聞いてみると、 「そうじゃなぁ……ふたつはルール違反じゃから、ひとつだけなら、縁を強く結んでもらえるよう公に進言してしんぜよう」 老人は皴を動かして、考え込むような表情を見せた。 「縁を結ぶ?叶えてくれるんじゃないの?」 「神は本来、個人の具体的な願い事を直接的に叶えることは出来んのだよ。神はただ、縁を結ぶのみ。その縁を手繰り寄せ、願いを叶えるのは、自分の力で為さねばならぬこと」 「要は、自分の努力次第ってこと?」 「神様に頼んだから、安心安心、ではいかんということじゃ」  自分は何も努力せず、お願いをしたから神様に全て丸投げ、ではいけないということなのだろう。 (縁を強く結ぶ、かぁ……)  お願い事が必ず叶うという確約ではないが、確率は上がる気がして、わたしは、 「いいわ。一緒に探してあげる」 と頷いた。 「ふぉっふぉっふぉっ。では共に参ろうか」
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