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「愛莉、どうしたの!?」
突然の愛莉の変化に驚き、思わず大きな声が出た。車を出そうとしていた颯手がエンジンを止めると、後部座席を振り返った。
「愛莉さん!?」
わたしたちの目の前で、愛莉は泣き出していた。ぼろぼろと涙をこぼし、嗚咽を漏らしている。
「どうしたん!?」
颯手が血相を変えて、身を乗り出した。
「……ご、ごめ……ごめん、なさい……ごめんなさい、っく……ごめんなさい……っ」
しゃくりあげる合間に、愛莉は何度も何度も「ごめんなさい」と繰り返す。
「愛莉?大丈夫?愛莉……」
わたしはおろおろして、愛莉の名前を呼んだ。一体、急にどうしたというのだろう。
オルゴールが、愛莉の膝の上で、ポロンポロンと音を立てている。颯手が、箱を見てハッとしたように目を見開き、やにわに運転席から下りると、後部座席の扉を開けた。
「愛莉さん、しっかりし!」
「ごめん、なさい……私……私、罪を……ずっと、黙って…………」
「杏奈!その箱の蓋を閉じるんや!――愛莉さん、僕を見て。それは愛莉さんの記憶やない。他人の記憶や。心に境界線を引くんや」
颯手は鋭い声でわたしに指示を出すと、愛莉の手を取った。わたしは慌てて箱の蓋を閉めた。
「っく……私、罪を……犯して…………」
「あかんか。籠められてた想いが強すぎるんやな。なら――」
泣き続ける彼女の手をぎゅっと強く握ると、颯手は一度深く息を吸った。そして、
「『神の御息は我が息、我が息は神の御息なり。御息を以て吹けば罪は在らじ。残らじ。阿那清々し、阿那清々し』」
と三度唱えると、強い息吹を愛莉に吹き付けた。すると――。
「わ、私……何を……」
我を取り戻したのか、愛莉が目を瞬いた。
「愛莉さん、大丈夫?」
手を握りしめたまま、颯手が優しく声を掛けると、愛莉はまたぼろぼろと涙をこぼした。
「私、胸が痛くて……すごく、痛くて」
「うん。分かってる」
颯手が泣きじゃくる愛莉の頭をそっと抱き寄せた。
(愛莉……颯手……)
ふたりの様子を、わたしはただ見ていることしかできなかった。
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