2.北野天満宮のお牛さん

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 誉の部屋に入ると、颯手は敷きっぱなしになっていた布団の上に愛莉を寝かせた。愛莉は「うーん」と声を漏らした後、苦しそうに眉根を寄せ「ごめんなさい……」と寝言を言った。 「…………」  愛莉の様子を見て、誉が難しい顔をしている。 「この箱が原因みたいやねん」  颯手はローテーブルの前に座ると、 「杏奈、それここに置いて」 とテーブルの上を指し示した。わたしも颯手の隣に腰を下ろすと、手に持っていた漆塗りの箱をテーブルの上に置いた。 「これは……オルゴールか?」 「どうも、箱の中に誰かの強い思念――罪の意識が入っていたみたいや。音楽が鳴り出した途端、愛莉さんがそれを感じ取って、乗り移られてしもた」 「開けるぞ」 「音を出さなければ、大丈夫ちゃうかな」  颯手の言葉に一度頷くと、誉はそっと箱の蓋を開けた。中は赤いベルベットの布が張られていて、指輪を入れる場所と、小物を入れる場所に分かれていた。左側3分の1ほどの場所にオルゴールの機械が入っているのか、上げ底になっている。 「確かに今は大丈夫そうだな」  箱を観察している誉に、 「どうして愛莉は思念に乗り移られてしまったの?人ならざる者も見えるみたいだし、愛莉もわたしたちみたいに、陰陽師の血を引いているの?」 と尋ねる。誉は箱をテーブルの上に置くと、 「あいつは神社の娘で、巫女の資質があるんだ。でもただの巫女じゃない。古代、神や霊的なものを体に降ろし、神託を受けていたシャーマンに近い。愛莉はもともと、他者との境界線が薄いんだ。人でも人ならざる者でも、強い負の感情に触れると、自我を忘れてしまうほど、心を寄せ過ぎてしまう。時には、憑りつかれてしまう。その資質が神的なものに好かれているから、神使も見える」 と静かな声で言った。 「シャーマン……」  愛莉の不思議な力の理由が分かって、わたしは呆然としてつぶやいた。
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