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「その箱には、ある女性の想いが詰まっています。ご本人はもう亡くなっているんですけど、ご結婚されていて、ご主人と息子さんがいます。誉さん、そのオルゴールの上げ底を取ってみてもらえますか?」
誉は頷くと、上げ底の隙間に爪を入れて、器用に外した。すると中にはやはりオルゴールの機械が入っていて、もうひとつ、小さく折り畳まれた古びた紙きれが入っていた。
「それ、なぁに?」
わたしが尋ねると、誉がそっと紙きれを開いた。それは古い写真で、若い男女の姿が写っていた。男性は細面の綺麗な顔をしていて、女性より年上に見える。色は付いておらず、モノクロだ。写真館で撮って貰ったのか、ふたりはかしこまった様子でこちらを向いている。
「その写真は、この箱の持ち主と恋人の男性の写真です。ご主人ではありません。女性が結婚前にお付き合いしていた恋人と撮った写真で……恋人は学校の担任の先生でした。教師と交際していると知った両親が、ふたりの仲を大反対して、お見合い話を持って来て、無理矢理、彼女を婚約させたんです」
愛莉は、まるで自分のことを話しているかのように、つらそうに吐息すると、話を続けた。
「彼女は結婚前に罪を犯しました。恋人と関係を持ったんです。そして、その思い出を胸に結婚をして――男の子を産みました」
「まさか……!」
愛莉の話から真相を察した颯手が、息を飲んだ。
「息子っていうのは、その時の恋人の子供なんやな……!」
愛莉はこくりと頷くと、
「彼女は自分が生んだ子が夫の子ではないことに、すぐに気が付きました。でも本当のことを夫に告げることが出来なくて、ずっと隠していたんです。恋人がプレゼントしてくれたオルゴールの箱の中に彼との秘密の写真を隠して、時々開いて眺めて、音楽を聴いては、泣いて懺悔して、想いをしまい込んで来たんです。……そして彼女は秘密を抱えたまま、この世を去りました」
そう話を締めくくった。
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