1106人が本棚に入れています
本棚に追加
わたしは鳥居の前にいる従兄たちと愛莉のところに戻ると、
「おじいさんが来た。お牛さんがあの人だって教えてくれたわ!」
と勢い込んで報告する。
わたしの指し示す方向に、3人が視線を向ける。すると、老齢の男性と目が合い、彼は不思議そうな顔をして会釈をした。鳥居の側までやって来た男性に、颯手が一歩近づき、
「すみません。あなたにお返ししたいものがあってお待ちしていました」
と声を掛けた。
「返したいもの?」
「オルゴールです」
颯手は振り返って誉からオルゴールを受け取ると、男性の方に差し出す。男性はその箱を見るなり、ハッとしたように目を見開いた。
「これは……!」
「あなたが毎日願をかけるほどに、ずっとお探しになっていたものでしょう?」
「そうです……!でも、どうしてあなたがこれを?」
訳が分からないと言うように、男性が瞬きをする。
「とある方から、あなたがこれを探しておられると聞きました。たまたまこちらの女性が、昨日の『天神市』で購入したのです」
「それでわざわざ……」
男性は感激したように瞳を潤ませた。
「これは、妻の形見なのです。生前、妻は、このオルゴールをとても大切にしていました。普段はしまいこんでいたようですが、時々、ひとりの時に、開けて聞いていたようです。あまりに大切にしているので、一度、どういった由来のものなのか聞いてみたことがあります。けれど、教えてくれなくて。見せて欲しいと言ってみても、私には一度も触らせてはくれませんでした」
男性の思い出話を聞き、胸が詰まる。この人は、このオルゴールがどういった意味を持つ物なのか、全く知らないのだ。
「妻が亡くなった後、このオルゴールのことを思い出しました。遺品整理をしていた息子に尋ねると、綺麗な細工物だったから、古道具屋に売ったと言われましてね……。どうして、すぐに見つけて、手元に置いておかなかったのかと、心の底から後悔しました」
男性は箱の底のねじを巻くと、蓋を開けた。ポロンポロンと音楽が鳴り出し、彼は目をつむると、
「ああ、こんな音だったんですね」
と感慨深そうに言った。
愛莉を見ると、彼女は胸の前でぎゅっと手を握り締め、何かに耐える様に目をつぶっている。
「この箱が売られたと聞いても、わたしは諦められませんでした。この『一願成就のお牛さん』にオルゴールが見つかるよう、毎日願をかけていたんです。……願いが叶いました。あなた方のおかげです」
男性は深々と頭を下げると、鳥居をくぐった。牛舎の中の『一願成就のお牛さん』の頭に触れ、目を閉じる。きっとお礼を言っているのだろう。
男性は祈り終わると鳥居を出て来て、わたしたちに何度も頭を下げながら、歩き去って行った。その背中を見送りながら、わたしは複雑な気持ちで、
「本当のことを伝えなくて良かったの?」
と颯手の顔を見上げた。
あの箱の中には奥さんの秘密が隠されているのだと。
すると颯手はわたしを見下ろし、優しい微笑みを浮かべると、
「奥さんがお墓まで持って行かはった秘密や。僕らが明かすことではないし、それに、何でもかんでも本当のことを言えばええというものでもないよ」
静かな声で言った。
(『本当のことを言えばいいというものではない』……か)
わたしは颯手の言葉を心の中で反芻した。それは颯手が、愛莉への想いをひた隠していることと、重なるような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!