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「その時はもう颯手のことが好きだったから、わたし、日本を離れるのが、すごく嫌だったの」
愛莉は黙ってわたしの話に耳を傾けている。
「行きたくないって、ずっと泣いていたわたしに、颯手は『大人になったらまた会えるで』って言ってくれた。だからわたし、お願いしたの。『大人になったら、颯手の恋人にしてね』って。颯手は『ええよ』って言ってくれた。わたしにとって、とても大切な約束だったの。でもね……」
わたしはそこで言葉を区切ると、少し黙り込んだ。愛莉は先を促すでもなく、じっと待ってくれている。
「……日本に帰って来て、颯手に再会した日、『約束を覚えてる?』って聞いたら、颯手は覚えていないって言ったの」
その時のことを思い出し、じんわりと目頭が熱くなった。
「杏奈ちゃん……」
愛莉がそっとわたしの右手を握った。
「ねえ、愛莉。わたしが子供だからかな?だから、颯手は、約束を忘れちゃったのかな!?」
まるで愛莉が約束を忘れた颯手当人であるかのように詰め寄ったわたしを、愛莉はしばらくの間、見つめた後、
「颯手さんは……。……どうなのかな…………」
どこか考え込むようにつぶやいた。
そして、わたしの右手を握ったまま、軽く引っ張ると、
「杏奈ちゃん、お腹が空かない?ソフトクリーム食べない?」
わたしの気持ちを切り替えさせるように、八つ橋屋の店先に掛かっている抹茶ソフトクリームの旗を指さした。
「うん……食べる」
わたしは、うっすらと滲んでしまった涙をぬぐうと、愛莉の誘いに頷いた。
「抹茶とバニラのミックスにしようかな」
「わたしも、それがいいわ」
ふたりで手を繋ぎながら、八つ橋屋に向かう。
ずっとひとりで抱えていた不安を吐き出して、わたしは、ほんの少し、気持ちが楽になったような気がした。
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