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わたしは、飼い犬の背中を撫でながら、
「わたし、ウィンドを連れて、伯母様の家にお土産を持って行ってくる」
スーツケースを開けて、中から紅茶の缶を取り出しているママに声を掛けた。
「えっ?杏奈、姉さんの家の場所、分からないでしょう?」
ママが吃驚した顔をしたので、
「教えてくれたら、ひとりでも行けるわ」
と言うと、
「久しぶりの日本なのに、ひとりでウロウロさせられないわ。ママも一緒に行くから、とりあえずお茶を飲んで休憩しましょう」
ママはそう言うと、紅茶を持ってキッチンの中へと入って行く。
「……分かったわ」
(早く颯手に会いたいのに)
まるでわたしの心の声が聞こえたかのように、パパが、
「そういえば、颯手君と誉君は元気にしているのかな」
とママに話しかけた。キッチンから、
「颯手君はカフェをやっているんですって。誉君は一時期東京に行っていたけど、今は京都に帰って来ているらしいわ。ええと、確か……漫画家をやっているのだったかしら」
ママの声が聞こえてくる。
(誉も京都にいるんだ)
誉はわたしが小さい時に東京に行ってしまったので、記憶が朧気だ。なので、わたしは誉には関心を持たず、
「颯手って、どこでカフェをしているの?」
とママに問いかけた。
「『哲学の道』よ。杏奈は覚えているかしら?銀閣寺の参道からずうっと続く小川の流れている桜の小道があったでしょう」
「へえ、颯手君のカフェは『哲学の道』にあるのか。いいところに店を構えているんだね。確か、京都大学の西田幾多郎が散策していたっていう道だろう?哲学者が考え事をしながら歩いていたから、『哲学の道』って言う名前になったんだったかな?」
パパの説明を聞いて、わたしは、
「ふぅん、そうなんだ」
と相槌を打った。桜の小道のことは覚えているが、由来までは覚えていない。でもきっとわたしの思い出の桜小径は『哲学の道』で間違いないだろう。
「はい。アールグレイよ」
ママが、トレイにティーカップを乗せて運んで来た。ママの大好きなウェッジウッドのティーカップは、パパが購入して準備していたものなのだろう。ママからカップを受け取り、口を付けると、爽やかなベルガモットの香りが口の中に広がった。
「それを飲んだら、姉さんの家に挨拶に行きましょうか」
ママの言葉に、わたしは大きく、
「うん!」
と頷いた。
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