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「ねえ、杏奈ちゃんの好きな人って誰?学校の男子?」
興味津々で問いかけて来た実穂に、この話の流れではもう隠してはおけないと思い、わたしは、
「学校の男子じゃ……ないわ」
ぼそぼそと答えた。
「えっ!?じゃあ、学外の人?あっ、もしかして、イギリスにいるとか」
「学外の人だけど、イギリスにいるわけじゃないわ」
「うわーっ、ますます気になる。誰々?」
前のめりになった実穂が、
「……っ!」
急に胸を押さえて、顔をしかめた。
「どうしたの、実穂!?」
「ごめん、また……胸が痛くなって……っ」
はぁはぁと苦しそうに息をし出した実穂を見て、わたしは颯手の「『胸が痛い』って言わはったら、その子の体に触れてみ」という言葉を思い出した。
「実穂、ちょっとごめんね!」
実穂の前髪をかき分け、額に触れる。すると、電気が走ったみたいに、ピリッとした。一瞬で痺れた手を、咄嗟に引っ込める。
炎に触れてしまったように、じんじんする掌を見つめ、
(何、今の。すごく嫌な感じがした。これが『呪い』なの?)
わたしは背筋がぞくっとした。まるで、地主神社で『のろい杉』を見た時のようだ。
(よし!)
わたしは心を決めると、恐る恐るもう一度、実穂の額に手を伸ばした。
(……っ)
やはり痺れが走ったが、堪えたまま、
「『天切る 地切る 八方切る 天に八違 地に十の文字 秘音 一も十々 二も十々 三も十々 四も十々 五も十々 六も十々 ふっ切って放つ さんびらり』」
と唱えた。すると――。
「……!」
実穂の体から、何か黒いものが噴き出し、わたしは息を飲んだ。黒い靄のようなそれは、一瞬人の形を取った後、小さな竜巻を作って巻き上り、宙に消えて行った。
「今のが呪い……?」
呆然としてつぶやく。
けれど、わたしはすぐに我に返ると、
「ごめん、実穂。わたし、行くね。たぶんもう大丈夫だから、ゆっくり寝てて!」
実穂の体をベッドに横たえた後、自分のバッグを手に取って、部屋を飛び出した。
「すみません、お邪魔しました!」
ティーカップとお菓子を乗せたトレイを持った母親に声を掛け、靴を履く。
「あら、もう帰るの?」
「バタバタとして、すみません」
もう一度、母親に謝罪し、玄関から出ると、わたしは元来た道を駆け出した。
(呪いを祓ったら、かけた人のところへ戻るって、颯手が言ってた)
靄が取った人の形を思い出す。呪いは、きっと、あの子のところへ戻ったはずだ。
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