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「また、明日、か」
『Cafe Path』の大きな窓から、杏奈ちゃんが誉さんと帰って行くのを見送った後、颯手さんは苦笑してつぶやいた。
「杏奈は、ほんまに毎日ここにくるなぁ。もっと学校の友達と遊んだらええのに」
「中学生なんやから」と続けた颯手さんに、
「杏奈ちゃんは、颯手さんが思っているより、大人ですよ」
私は笑って声を掛ける。
「大人?あの子が?」
目を丸くした颯手さんを見て、あらためて、この人は杏奈ちゃんを妹のように扱っているのだな、と思った。
(その意識の壁を取り払うのは、どうしたらいいんだろう)
杏奈ちゃんの恋心を思い、私は考え込んだ。
年の差だとか、血の繋がりだとか、ハードルは高いような気がする。でも、
(杏奈ちゃんは、本気、なんだよね……)
清水坂で泣きそうになっていた杏奈ちゃんの顔を思い出し、切なくなった。
「そろそろ閉店時間やね。愛莉さん。お客さん誰もいはらへんし、ちょっと早いけど、閉店作業始めよか」
そう言って、レジカウンターに向かう颯手さんに、
「あの……颯手さん」
私は思い切って声を掛けた。
「杏奈ちゃんとの約束……颯手さんは、覚えてますよね?」
「約束?」
何のことだろうというように振り返った颯手さんに、
「杏奈ちゃんが日本を離れる時に交わした約束です」
と言い添える。
颯手さんは私を静かに見返すと、
「杏奈から聞いたん?」
と尋ねた。
「やっぱり、覚えてるんですね。杏奈ちゃん、颯手さんが忘れてると思って、悲しんでるみたいですよ」
思わず責めるような口調になってしまった。そんな私の言葉に、颯手さんは少し困った顔をすると、
「なら、どう言えば良かったん?」
と言った。
「だって、杏奈ちゃん、颯手さんのこと……」
「あの子は、たまたま僕が側に居たから、錯覚してるだけや。大人に対するただの憧れや。恋やない」
「でもっ……」
はっきりと言い切られて、言葉に詰まった私に、キツイことを言ってしまったとでも思ったのか、颯手さんは弱ったように微笑むと、
「あの子はもっと同年代の子と遊んだほうがええと思うわ。僕より杏奈に似合う男の子がいるはずや」
と声を和らげて続けた。
(それは、残酷ですよ、颯手さん……)
杏奈ちゃんの恋心を否定する颯手さんを見て、私は悲しい気持ちで目を伏せた。
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