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彼の母親だけがときどき様子を見に上京し、「頑張っとったよ」とぽつりと教えてくれた。
母親は地元の伝統工芸の希少な職人で、息子についてゆくことが許されず、働きながら家を守り続けていた。
その存在だけが、わたしにとって灯台のように感じられた。
死にものぐるいで頑張っているんだ。恋人の顔も見たくならないくらいに。
もしかしたら、あの約束だって忘れてしまっているかもしれない――。
その悔しさや不安は暗い情念となって、孤独を乗りきる一助となった。
恋愛をしないこともなかったけれど、わたしと誠一の事情を知る男たちはあまり深入りしてはこなかった。
村政から町政になったばかりの田舎なので、住民はほとんど顔見知りだったのだ。
結局、わたしは清らかな身のまま20代の日々をいたずらに消費した。
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