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「……どうして」
10年分の月日の流れた誠一の顔。苦労が深く刻まれた、社会人の顔。
そして、その節くれた左手の薬指に光る指輪――。
「どうして!」
語彙をなくしたひとのように吠えながら、わたしは彼の胸を拳で叩く。潮のにおいのすっかり消えてしまったその胸を。
「ごめん。ごめん、月子」
あの日と同じように、彼は力をこめてわたしを抱きしめる。
愛情? 贖罪?
もうわからない。わからない。
「月子、許してくれ」
誠一は苦しそうに、吐き出すように語り始める。
「仕方なかったんだ。親父の仕事を立て直すために、どうしても取引先の社長の娘と結婚する必要があったんだ」
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