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もう一度鏡で自分の身なりを確かめたい欲求をこらえて。
僕は九条さんの部屋のドアを軽くノックする。
すぐに内側からドアが開いて。
白いワイシャツ姿の彼が無言のまま僕を中へ促した。
あえて笑顔を作らず僕は部屋の中ほどまで進む。
いつだってきちんと整頓された彼をそのまま映し出すような部屋。
僕は花瓶に生けてある花を見て。
続いてベッドサイドに置かれたフランクミューラーの腕時計に目をやる。
それから今しがた彼の首から抜かれたばかりのネクタイが
美しい螺旋状に丸められているのを見つめる。
「座りなよ。僕ら――立ち話する仲じゃないだろ?」
後ろから突如肩を抱かれてドクンと心臓が撥ねた。
「君が僕に何を話にきたかは想像もつかないけれど」
記憶に沁みついた彼の匂いに包まれ
愛おしさがこみあげると同時に足がすくむ。
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