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デパートの外商を従え
平然と僕の前を横切る黒いハイヒール。
「そんなこと仰らず。お似合いでございますよ。こちら黒い薔薇がモチーフの新作でして、この世にたった一足のオートクチュールでございますから」
黒い薔薇の飾りがついた極端にヒールが高くて細い靴。
「まあサイズはピッタリね」
「もちろんです。お嬢様の為だけに御用意させて頂いておりますので」
廊下の中頃でくるりと踵を返すと
再び——今度は僕の目を見据えて戻ってきた。
「でもねえ、やっぱり使わないかも」
貴恵は僕が掴んでいる階段の手摺——。
手が触れ合うすれすれの場所を掴んで片方ヒールを脱いで見せた。
「誰かと揉めたら目を突き刺すにはちょうどいいかもね」
外商が目を丸くする前で
僕を見つめたまま少女のように無邪気な笑い声をあげる。
「冗談よ。笑いなさいな」
冷たいヒールの先が僕の頬をゆっくりと撫で下ろした。
「ハハハハハ!」
僕は笑った。
言われるがまま満面の笑みを浮かべて。
細い踵が頬に食い込むほど。
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